大葉健二さん逝去72歳|ギャバンが昭和キッズに教えてくれたこと、今あらためて振り返る【訃報】

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2026年5月6日 … 一条寺烈が逝った。

宇宙刑事ギャバンこと、一条寺烈(いちじょうじ れつ)役として、銀色のコンバットスーツをまとい、子どもたちの心に正義の炎を灯し続けた俳優・大葉健二さん。

同日、享年72でその生涯を閉じました。

ジャパンアクションエンタープライズが翌7日に公式サイトで発表し、特撮ファンのSNSは瞬く間に追悼の言葉で埋め尽くされました。

大手メディアは訃報の事実を速やかに伝えましたが、この記事ではそれだけでは物足りないと感じている方が多いようです。

この記事では、大葉健二さんという俳優の凄み、ギャバンという作品が昭和キッズに与えたもの、そして彼のレガシーが現在もどのように生き続けているかを、じっくりと振り返ります。

この記事でわかること
  • 大葉健二さんの訃報の詳細と、俳優としての経歴(訃報確認ニーズ)
  • 『宇宙刑事ギャバン』がリアルタイム世代の昭和キッズにとってどんな作品だったか(追悼・感情ニーズ)
  • 大葉健二さんが特撮史・昭和文化史に刻んだレガシーの大きさ(評価・考察ニーズ)
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目次

訃報の詳細|大葉健二さん、2026年5月6日に逝去

大葉健二さんの訃報について、公式発表の内容とプロフィールをここでしっかり確認しておきましょう。

ジャパンアクションエンタープライズによる公式発表

2026年5月7日、ジャパンアクションエンタープライズは公式サイトにて次のように発表しました。

【訃報】大葉健二逝去のご案内

弊社業務提携俳優、大葉健二氏につきまして、かねてより病気療養のところ、2026年5月6日 14:23、逝去いたしました。享年72歳でした。

突然の訃報に、社員・所属俳優、スタッフ一同、いまだ信じがたい思い出おります。

皆様方の生前のご厚情に心よりの感謝いたしますと共に、謹んでご通知申し上げます。

お通夜ご葬儀に関しましてはご遺族の意向により近親者にて執りおこなわせていただきますとのことです

引用元:JAPAN ACTION ENTERPRISE公式サイト

「かねてより病気療養中」という表現から、一定期間にわたって闘病を続けていたことが明らかになりました。

具体的な病名や病状については公式発表の範囲では明らかにされていません。

大葉氏自ら立ち上げたラックJETからの発表

株式会社 ラックJETは、大葉氏が自ら立ち上げたイベント制作会社です。

この度、
弊社代表 髙橋健二
(芸名:大葉健二)が
2026年5月6日
逝去いたしましたことをご報告申し上げます。

突然のお知らせとなりましたこと、深くお詫び申し上げます。

そして生前は多大なるご厚情を賜りましたこと、心より御礼申し上げます。

なお、お問い合わせ等へのご返信・ご対応にお時間をいただく場合がございます。
関係者の皆様にはご不便、ご心配をお掛けいたしますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

関係者一同、突然の訃報に深い悲しみの中ではございますが、故人の想いを大切にしながら、今後も努めてまいります。

故人の生前のご厚誼に深く感謝申し上げます。

株式会社 ラックJET

引用元:ラックJET公式サイト

お通夜・葬儀について

上記の発表の通り、お通夜・葬儀はご遺族の意向により近親者のみで執り行われています。

ファンへの弔問の機会は設けられませんでした。

大葉さんを慕う多くの特撮ファンにとって、直接お別れを告げる場がないことは寂しくもありますが、最期まで静かに家族と過ごされたいというご遺族の気持ちを尊重したいところです。

大葉健二さんの死因について

公式発表では「かねてより病気療養中」とのみ伝えられており、具体的な病名は明らかにされていません。

この記事でも、公式情報の範囲を超えた憶測は控えます。

俳優・大葉健二さんのプロフィール

  • 芸  名:大葉 健二
  • 本  名:高橋 健二
  • 生年月日:1955年2月5日
  • 没年月日:2026年5月6日(満71歳没)
  • 出  身:愛媛県松山市
  • 身長など:170cm、血液型-A型
  • 所  属:
    • ジャパンアクションエンタープライズ(業務提携)
    • ラックJET(自身が設立したイベント制作会社)
  • 主な役職:
    • 俳優、演出家、実業家(ラックJET 代表取締役)
  • 主出演作:
    • 『宇宙刑事ギャバン』(一条寺烈/ギャバン役)、『電子戦隊デンジマン』(青梅大五郎/デンジブルー役)、『バトルフィーバーJ』(曙四郎/バトルケニア役)
  • 家  族:
    • 2人の娘。次女・新葉尚さんは俳優・声優として活動中
  • 芸名の由来:
    • 師匠・千葉真一から「葉」の字を授かり、「大葉健二」の芸名を名乗った
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『宇宙刑事ギャバン』という作品|昭和キッズが夢中になったワケ

ギャバンがなぜあれほどまでに昭和の子どもたちを熱狂させたのか。

その答えは作品の随所に隠されています。

訃報を機に、あの頃の熱気を改めて振り返ってみましょう。

メタルヒーローシリーズ誕生の衝撃

『宇宙刑事ギャバン』は、1982年(昭和57年)3月5日から1983年2月25日まで、テレビ朝日系列で毎週金曜夜7時30分から放送された特撮ヒーロードラマです。

東映が手がけた「メタルヒーローシリーズ」の記念すべき第1弾として誕生しました。

物語の主人公は、宇宙刑事ギャバンこと一条寺烈(演・大葉健二)。

ギャバンは、宇宙刑事だったバード星人の父・ボイサー(演・千葉真一)と地球人の母・一条寺民子の間に生まれたハーフの青年。

彼は地球では正体を隠してアバロン乗馬クラブに勤めながら、宇宙犯罪組織マクーの脅威から地球を守るために戦います。

それまでの特撮ヒーローとは一線を画していたのが、ギャバンのコンバットスーツの存在感でした。

銀色に輝くメタリックな質感と、鋭く光る電飾アイ。

スーツのデザインを手がけたのは、東映の名デザイナー・村上克司さんです。

「悪に対しての怒りを燃やすヒーロー像が必要」という信念のもと誕生した、強面のマスクデザインは、当初「子どもが怖がるのでは」という懸念の声もあったほどです。

しかし結果的に、その迫力こそが子どもたちの心を強烈につかみました。

「0.05秒の蒸着」が生んだ伝説の変身シーン

ギャバンを語るうえで外せないのが、変身シーンの革新性です。

「宇宙刑事ギャバンがコンバットスーツを蒸着するタイムはわずか0.05秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!」

この独特のナレーションとともに、スローモーションでの蒸着プロセスが繰り返される演出は、当時としては完全に新しい表現でした。

一度見たら忘れられないこの変身シーンは、それまでの「変身ポーズ→変身完了」という定番の流れとはまったく異なるもの。

スポーツ中継のリプレイ映像のような疾走感と、科学的・機械的な演出が子どもたちの好奇心を強烈に刺激しました。

また「0.05秒で蒸着できる」という設定は、「銃弾を発砲された次の瞬間に蒸着して飛んでくる銃弾を手で受け止める」など、変身シーンに数多くのバリエーションを生み出しました。

毎週違う変身シーンを楽しみにしていたファンも多かったことでしょう。

「若さってなんだ、振り向かないことさ」——主題歌が時代に刻んだもの

特撮作品における主題歌の力は、作品そのものと同等か、それ以上のこともあります。

『宇宙刑事ギャバン』の主題歌「宇宙刑事ギャバン」を熱唱したのは、串田アキラさん。

力強い歌声と、印象的な歌詞が特撮ファンの心に深く刻まれています。

「若さってなんだ、振り向かないことさ。愛ってなんだ、ためらわないことさ」というサビのフレーズは、40年以上が経った今もネット上でしばしば引用され、ギャバン世代の語り草になっています。

あの頃テレビの前で口ずさんでいた歌詞が、今でも耳の奥に残っている方も多いのではないでしょうか。

『宇宙刑事ギャバン』の作品概要

  • 放  送
    • 期  間:1982年3月-1983年2月
    • 系  列:テレビ朝日系列
    • 時  間:毎週金曜日の19:30 – 20:00
    • 回  数:全44話
  • 配  信:U-NEXT、DMM TV
  • シリーズ:メタルヒーローシリーズ第1弾
  • スタッフ:
    • 監  督:
      • 小林義明、奥中惇夫、田中秀夫、小笠原猛、服部和史
    • アクション監督:
      • 金田治、横山稔(ジャパン・アクション・クラブ)
    • 脚  本:
      • 上原正三、高久進、松下幹夫、阿部和江、永井達郎、筒井ともみ、林強生
  • 主な出演:
    • 大場健二:一条寺烈
    • 常盤貴子:ミミー
    • 名代杏子:マリーン
    • 鈴木正幸:大山小次郎
  • 主 題 歌:
    • オープニング:串田アキラ「宇宙刑事ギャバン」
    • エンディング:串田アキラ「星空のメッセージ」
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大葉健二という俳優の凄み|スタントマン出身の主演俳優

大葉健二さんの魅力は、「ヒーローを演じた俳優」という枠に収まりません。

その経歴を丁寧に辿ると、類いまれなアクション俳優としての本質が浮かび上がってきます。

千葉真一さんに憧れてJAC一期生へ——芸名に込められた師弟の絆

大葉さんが芸能界を目指したきっかけは、中学生のころにテレビドラマ『キイハンター』を観て千葉真一さんのファンになったことでした。

高校生のとき、設立直後のジャパンアクションクラブ(JAC)の第一期生募集に応募・合格。

1971年に高校を中退して上京し、芸能界への第一歩を踏み出します。

当初の大葉さんは「役者志望」というより「アクションやスタントマンのような仕事をやりたい」という気持ちが強かったといいます。

1972年から放送された『人造人間キカイダー』でトランポリンスタントを担当したのが最初の仕事で、同作の第31話で初めて顔出し出演を果たしました。

芸名「大葉健二」が誕生したのは、1979年から放送された『バトルフィーバーJ』での曙四郎/バトルケニア役でのレギュラー出演が決まったときのことです。

師匠である千葉真一さんから「葉」の字を授かり、それまでの本名「高橋健二」から「大葉健二」へと改名しました。

師匠の名前の一文字を芸名に受け継ぐというのは、武道や芸事の世界での「一字相伝」にも通じる師弟の証。

その重みを、大葉さんはずっと背負って生きてきたのだと思います。

反対意見を押しきったプロデューサーの慧眼

実は、大葉さんが『宇宙刑事ギャバン』の主役に抜擢される過程には、大きな抵抗がありました。

1982年当時、その放送時間帯の主人公は『キャンディ・キャンディ』以降は女性ばかりで、テレビ局側から「男の主人公では弱すぎる」と懸念の声が上がり、東映社内でも反対意見が多数を占めていたといいます。

それでも、プロデューサーの吉川進さんは大葉さんを強力に推し続けました。

吉川さんは後のインタビューで「大葉君はアクションはできるし、愛嬌はあるし、勉強熱心だし、十分じゃないですか。そりゃ、新企画の立ち上げだから反対の声はあったけど、僕はがんとして大葉君を推しました」と語っています。

プロデューサーの慧眼が、ギャバンという伝説のヒーローを生みだしたのです。

スーツアクターも兼任した「二役」の凄み

大葉さんのアクション俳優としての特筆すべき点は、変身前の素顔の演技と、変身後のスーツアクターを自ら兼任していたことです。

『バトルフィーバーJ』の曙四郎役でレギュラー出演が決まった際も、バトルケニアのスーツアクターを兼任。

続く『電子戦隊デンジマン』の青梅大五郎役でも同様に、デンジブルーのスーツアクターを自ら務めました。

そして『宇宙刑事ギャバン』でも、一条寺烈とギャバンの両方を大葉さん自身が演じています。

これは当時としても珍しいことで、変身前と変身後のキャラクターに一貫したリアリティと迫力が生まれる要因のひとつでした。

大葉さんの高い身体能力と、スタントマン出身ならではのアクション技術があってはじめて実現できたことです。

50代でも「キレキレ」——2012年の復活劇

大葉さんの凄みは、若い頃だけのものではありませんでした。

2012年1月21日公開の映画『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』では、なんと約28年ぶりに一条寺烈役を演じました。

当時、大葉さんはすでに50代後半。しかし映画の中では生身のスタントも自ら披露し、特撮ファンを驚かせました。

さらにこの映画では、青梅大五郎(デンジマン)と曙四郎(バトルフィーバーJ)の役も一人で演じ、特殊合成によって曙四郎・青梅大五郎・一条寺烈の3人が一堂に対面するシーンが実現しました。

「1人3役」というサービス精神も、大葉さんならではのものでしょう。

また、2017年公開の『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』でも、2代目宇宙刑事ギャバンのサポート役として生身での立ち回りアクションを披露しています。

60代になってもなお現役で動けるアクション俳優——それが大葉健二さんでした。

スキンヘッドとタランティーノ——ハリウッドデビューの裏話

大葉さんのトレードマークのひとつが、スキンヘッドです。

1984年公開の映画『コータローまかりとおる!』で天光寺輝彦役のために頭を剃ったのが始まりで、その後『影の軍団IV』『影の軍団 幕末編』でもスキンヘッドの伊賀忍者・がま八としてレギュラー出演しました。

このスキンヘッドが縁で、2003年には千葉真一さんの熱狂的ファンとして知られるクエンティン・タランティーノ監督のオファーで映画『キル・ビル Vol.1』に出演。

クレジットでは”Bald man(=はげの男)”、劇中では「シロー」という名前で、服部半蔵(千葉真一さんが演じた)が営む「まずい寿司屋」のお茶くみとして登場しました。

千葉真一さんとのやりとりは二人の完全なアドリブで演じられたといいます。

タランティーノのリクエストでがま八当時のスキンヘッドにし、お得意のコミカルな演技でハリウッドデビューを果たしました。

師弟で連れ立ってのハリウッド進出——JACファンにとっては、これ以上ない嬉しいサプライズだったことでしょう。

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ギャバンが昭和キッズに与えたもの|特撮史に刻まれた遺産

大葉健二さんが体現したギャバンという存在は、当時の子どもたちの精神にどんなものを植えつけたのでしょうか。

あらためて、その意味を掘り下げてみます。

ロボコップのデザインはギャバンがきっかけだった?

特撮ファンの間では広く知られていますが、1987年にアメリカで公開されて大ヒットした映画『ロボコップ』と、ギャバンの間には公式に認められたつながりがあります。

映画『ロボコップ』のウィキペディアにも記述されている通り、製作にあたってポール・バーホーベン監督からバンダイの村上克司さんへ、『宇宙刑事ギャバン』のデザインを引用する許諾を求める手紙が送られ、村上さんがこれを快諾したという経緯があります。

銀色に輝くメタルヒーローのデザインが、ハリウッド映画の伝説的なサイボーグ警官誕生に一役買っていた——この事実は、ギャバンが単なる「子ども向け特撮」の枠を超えた普遍的な造形の力を持っていたことを示しています。

ただし、ロボコップのデザインチームのコンセプトアーティスト側からは「デザインの類似は偶然」とも語られており、「バーホーベン監督が許諾を求めた手紙を送った」という事実と「デザインがギャバンを参考にした」かどうかは、別個の話として捉えるのが正確です。

それでも、ギャバンのデザインがハリウッドの映画人にインスピレーションを与えたという事実に、変わりはありません。

第43話「再会」——師弟で紡いだ涙の名エピソード

『宇宙刑事ギャバン』全44話の中でも、特に語り継がれているのが終盤の第43話「再会」です。

行方不明だったギャバンの父・ボイサーを演じたのは、師匠の千葉真一さんでした。

マクーに捕えられ、激しい拷問でボロボロになったボイサーが息子・一条寺烈とついに再会を果たすも、傷ついた体は限界を迎えており、ほどなく息を引き取るという内容です。

当時放送されたこのエピソードには、「子ども番組でこんなに感動したことはない」「こういった良い作品をまた作ってほしい」という視聴者からの投書が殺到したといいます。

ギャバンがそれまでの特撮にはなかった感動の深さを持っていたことを示すエピソードです。

師匠・千葉真一さんとの共演だったからこそ、大葉さんも全力の感情を込めて演じられたのではないでしょうか。

昭和キッズが受け取ったもの——「男気」と「父子の情」

振り返ってみると、ギャバンが昭和キッズに与えたのは単純な「ヒーローへの憧れ」だけではありませんでした。

一条寺烈は、コミカルで愛嬌があり、借金もするちょっと情けない一面を持ちながら、悪に対しては毅然と立ち向かう人間味あふれるヒーローでした。

そして行方不明の父を必死に探し続け、再会したときには全力で父を守ろうとする——そんな「父と子の物語」が作品の縦糸として流れていました。

子どもたちはその物語を通じて、正義とは何か、強さとは何か、そして家族を愛することの意味を、無意識のうちに受け取っていたのかもしれません。

大葉さんが体を張って演じたギャバンは、昭和の子どもたちにとって単なるテレビのキャラクターではなく、「こういう大人になりたい」という理想像でもあったのです。

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俳優・大葉健二さんのレガシー|受け継がれる銀色の魂

大葉健二さんが逝去した今も、そのレガシーはさまざまな形で生き続けています。

過去の作品だけでなく、2026年の現在においても、ギャバンの精神は確かに受け継がれています。

故郷・松山に根ざした後進育成への取り組み

1987年、大葉さんは母親の看病のためにJACに名誉会員として籍を残したまま故郷の松山に帰郷。

地元のイベント制作会社に就職し、自らもイベント制作会社「ラックJET」を設立して代表取締役社長を務めながら、俳優業と地域貢献を両立させてきました。

東京と松山を往復しながら、後進の育成にも力を注いできた大葉さん。

華やかなスポットライトの外で、地道に地元の芸能・エンターテインメントを支え続けた姿は、ヒーローとしてのギャバンとは別の、もう一つの「正義」のあり方を体現していたように思います。

娘・新葉尚さんへ受け継がれた芸能の血

大葉さんには2人の娘さんがいます。

そのうちの一人、新葉尚(にいば なお)さんは、現在、俳優・声優として活動しています。

父・大葉健二さんから受け継いだ表現への情熱が、娘さんにも流れている——そう思うと、大葉さんの「芸能人としての血脈」は確実に次の世代へと引き継がれています。

2026年、ギャバンの名は新シリーズへ

奇しくも、大葉さんが逝去した2026年現在、テレビ朝日系列では『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』が放送中です。

東映の特撮映像シリーズ「PROJECT R.E.D.」の第1弾として、スーパー戦隊シリーズの後継番組として放送されているこの作品は、ギャバンという名前を冠した新しいヒーロー物語です。

大葉さんが演じた初代ギャバン・一条寺烈から40年以上が経ち、その名はまた新しい世代のヒーローへと受け継がれました。

大葉さんはその放送開始を知っていたでしょうか。

自らが命を吹き込んだキャラクターの名前が、令和の子どもたちに届けられていることを、どんな思いで受け止めていたでしょうか。

ギャバンは終わらない——それは大葉健二さんが42年前に蒔いた種が、今もなお芽吹き続けているということです。

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FAQ|俳優・大葉健二さんに関するよくある質問

本文との重複もありますが、大葉健二さんについて、よくあるFAQをまとめました。

  • Q1. 大葉健二さんの本名は何ですか?
    • A1. 高橋健二(たかはし けんじ)です。演劇の演出を手がける際は本名の高橋健二名義で活動していました。
  • Q2. 「大葉」という芸名はどうやって生まれたのですか?
    • A2. 1979年放送の『バトルフィーバーJ』でレギュラー出演が決まった際に、師匠の千葉真一さんから「葉」の字を授かったことで「大葉健二」の芸名を名乗るようになりました。
  • Q3. JAC(ジャパンアクションクラブ)の何期生だったのですか?
    • A3. 第一期生です。千葉真一さんが設立した直後のJACの一期生募集に高校生のときに応募・合格しました。
  • Q4. 大葉健二さんが初めて顔出しで出演した作品は何ですか?
    • A4. 1972年〜1973年に放送された『人造人間キカイダー』の第31話です。それ以前はトランポリンスタントとして参加していました。
  • Q5. 大葉健二さんはギャバン以外にどんなスーツアクターを務めましたか?
    • A5. 『バトルフィーバーJ』でバトルケニア、『電子戦隊デンジマン』でデンジブルーのスーツアクターも兼任しています。変身前と変身後を一人で演じるスタイルを確立した俳優です。
  • Q6. 大葉健二さんが「1人3役」を演じた作品はありますか?
    • A6. 2012年公開の映画『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』では、一条寺烈(ギャバン)・青梅大五郎(デンジブルー)・曙四郎(バトルケニア)の1人3役を演じ、特殊合成により3人が一堂に対面するシーンも実現しました。
  • Q7. 大葉健二さんはなぜ一時期活動の場を愛媛県松山市に移したのですか?
    • A7. 1987年に母親の看病のために故郷・松山へ帰郷したためです。その後も東京と松山を往復しながら俳優業と地元での活動を続けました。
  • Q8. 大葉健二さんはどんな会社を経営していましたか?
    • A8. イベント制作会社「LUCK JET(ラックジェット)」を設立し、代表取締役社長を務めていました。本名・高橋健二名義での演劇演出活動も行っていました。
  • Q9. 大葉健二さんの娘さんはどんな活動をしていますか?
    • A9. 娘の新葉尚(にいば なお)さんが俳優・声優として活動しています。
  • Q10. 『宇宙刑事ギャバン』は全何話ですか?放送期間はいつですか?
    • A10. 全44話です。1982年(昭和57年)3月5日から1983年2月25日まで、テレビ朝日系列で毎週金曜夜7時30分に放送されました。
  • Q11. 大葉健二さんは2017年以降も特撮作品に出演していましたか?
    • A11. 2017年公開の『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』で、2代目宇宙刑事ギャバンのサポート役として出演し、60代になっても生身での立ち回りアクションを披露しています。

まとめ|ギャバンは終わらない——大葉健二さんへの感謝を込めて

2026年5月6日、大葉健二さんはその生涯を閉じました。享年72。

あの「0.05秒の蒸着」で画面いっぱいに輝いたコンバットスーツの銀色が、まぶたの裏に鮮やかに浮かびます。

昭和57年の春、テレビの前に座っていた小学生たちは、ギャバンを通じて「振り向かない男の背中」を刷り込まれました。

困難に対して正面から立ち向かう姿、父を探し続ける愛情の深さ、そしてコミカルで人間味あふれる等身大のヒーロー像。

大葉健二さんが体当たりで演じたそれらすべてが、昭和キッズの心の奥底に今でも生き続けています。

師匠・千葉真一さんから「葉」の字を授かった芸名を胸に、約半世紀にわたってアクション俳優の道を歩み続けた大葉健二さん。

ハリウッドの名匠タランティーノにまでその存在が届き、今なお新シリーズとして受け継がれているギャバンの精神——これほど豊かなレガシーを残せた俳優が、一体どれだけいるでしょうか。

大葉健二さん、ありがとうございました。

一条寺烈は、私たちの心の中でこれからもずっと戦い続けます。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

この記事のポイント
  • 大葉健二さんは2026年5月6日に72歳で逝去。ジャパンアクションエンタープライズが翌7日に公式発表し、葬儀は近親者のみで執り行われた。
  • JAC第一期生として師匠・千葉真一さんに「葉」の字を授かった芸名を持ち、スタントマン兼主演俳優という唯一無二のスタイルを確立した。
  • 『宇宙刑事ギャバン』は「0.05秒の蒸着」という革新的な変身演出と、師弟共演による感動のドラマで昭和キッズの心に深く刻まれた。
  • ロボコップ製作にあたってギャバンのデザイン引用の許諾をバーホーベン監督側が求め、快諾されたという公式に記録された経緯がある。
  • 2026年現在も『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』としてその名は受け継がれ、娘・新葉尚さんも俳優・声優として活動中。
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