大相撲界に新たな歴史の扉が開かれました。元大関・貴景勝である湊川親方(みなとがわ:29歳、兵庫県出身)が、常盤山部屋(ときわやまべや)を継承し、「湊川部屋」と改称することが、2025年11月27日付の日本相撲協会理事会で正式に承認されました。
この継承は、2026年1月26日付で実行されます。これは、現師匠である常盤山親方(元小結・隆三杉)が、規定により2026年3月1日に停年(定年)退職を迎えることに伴うものです。
わずか29歳という若さで相撲部屋の看板を背負うことになる湊川親方。
現役時代、土俵で「武士道精神を重んじ」、「相撲は殺し合いという覚悟を」と語るほど孤高の闘志を燃やし続けた元大関は、指導者として角界にどのような新風を吹き込むのでしょうか。
この継承劇の詳細と、新「湊川部屋」が持つ意味を深掘りします。
- 湊川親方がいつどのように常磐山部屋を継承し、新部屋を発足させるのか詳細
- 部屋名変更(湊川部屋)や所属力士・裏方の移籍・残留情報
- 29歳の若さでの師匠就任の背景や、定年を迎える現師匠との関係性
常磐山部屋継承の背景と詳細 – 伝統と若き才能の邂逅
湊川親方(元大関・貴景勝)による相撲部屋の継承は、大相撲界における「年寄制度」の伝統と、若手指導者への期待が交錯する重要な出来事です。
湊川親方による部屋継承の構造
湊川親方による部屋の継承は、現師匠の停年退職という節目で行われます。
継承の主なポイントは以下の通りです。
- 継承日:
- 2026年1月26日付です。
- 新部屋名:
- 「常盤山部屋」から湊川親方の年寄名跡を冠した「湊川部屋」へ改称されます。
- 継承方法:
- 湊川親方が常盤山部屋の師匠の地位を引き継ぎますが、この際に年寄名跡の交換は行われません。
- 旧師匠の処遇:
- 17代常盤山親方(元隆三杉)は、停年退職日である2026年2月28日までは、新「湊川部屋」に部屋付き親方(役職は「委員」)として所属します。
- なお、再雇用となる2026年3月1日以降も湊川部屋付き親方(役職は「参与」)として後進の指導を続ける予定です。
- 日本相撲協会における役職名「参与」は、65歳で定年を迎えた親方が希望すれば、最長5年間、年寄名跡を保有したまま「参与」として協会に残れる制度に基づきます。
- 17代常盤山親方(元隆三杉)は、停年退職日である2026年2月28日までは、新「湊川部屋」に部屋付き親方(役職は「委員」)として所属します。
貴景勝の経歴・戦績など
貴景勝の得意は突き押し。得意というより、組まれてはダメ、突き押ししか無いという状況でした。このように突き押しだけで、過去、大関までになった関取はとても少ないのです。
筆者 TOPIOの記憶にあるのは、大受と千代大海くらいでしょうか。
そして、突き押しだけで横綱になった関取は思い浮かびません。
大受も千代大海も、そして、貴景勝も横綱に上り詰めることはできませんでした。
しかし、貴景勝は幕内優勝4回も達成した猛者でした。
以下、貴景勝の経歴・戦績などをリスト形式でまとめました。
貴景勝の経歴
- 本名は佐藤 貴信。1996年8月5日、兵庫県芦屋市生まれ。
- 小学3年生から相撲を始め、出身校は埼玉栄高等学校。
- 2014年9月場所で初土俵(しこ名「佐藤」)。
- 2016年5月場所で新十両昇進。
- 2017年1月場所で新入幕。
- 2018年1月場所で新三役(小結・関脇に昇進の布石)。
- 同年11月場所で、幕内で初優勝を達成。
- 2019年5月場所後に、新大関に昇進。以後、大関として土俵に上がる。
- 所属部屋は最終的に常盤山部屋。過去には所属部屋変更の経歴もある。
- 得意な相撲スタイルは「突き・押し(おし/つき)」型。 身長175.0 cm、体重165.0 kg
貴景勝の戦績
- 生涯通算成績: 441勝 254敗 116休(60場所)
- 幕内通算: 353勝 219敗 116休(46場所)
- 大関在位時の成績(大関戦歴): 216勝 132敗 102休(30場所)
- 幕内優勝(賜杯) 4回
- 三賞(殊勲賞・敢闘賞・技能賞)の受賞歴:
- 殊勲賞 3回
- 敢闘賞 2回
- 技能賞 2回
- 金星(横綱からの勝利)なども複数あり
- 主な決まり手(勝ち手の傾向):
- 押し出し(おしだし): 約 38%
- 突き落とし(つきおとし): 約 13%
- 叩き込み(はたきこみ): 約 13%
貴景勝の引退
- 2024年9月場所、秋場所の2日目まで2連敗、その後3日目から休場。これを受けて、同月20日に現役引退と、年寄名跡「湊川」を襲名することが発表された。
- 2024年9月21日、所属の常盤山部屋で引退会見を実施。「燃え尽きた」「横綱を目指す体力と気力がなくなった」と心境を語った。
- 引退時の年齢は28歳1か月。平成以降で最高位が大関だった力士としては、2番目に若い引退となった。
- 引退後は年寄「湊川」として、常盤山部屋の部屋付き親方となり、後進の育成にあたる。
常盤山親方(隆三杉)の功績と湊川親方の部屋継承資格
常盤山親方(17代)は、二子山部屋所属で、1976年3月場所が初土俵の神奈川県出身の元小結です。現役時代は、丸い体を生かした押し相撲で活躍し、「ドラえもん」のニックネームで親しまれました。
ちなみに、当時の二子山部屋師匠は、元横綱・若乃花(初代)。元横綱の若鷹兄弟の伯父です。
常盤山部屋は、2020年11月26日に、名跡再交換によって17代常盤山が再襲名し、部屋名も「常盤山部屋」となった歴史を持ちます。新宿舎は東京都板橋区前野町に構えられ、稽古場には師匠の師匠にあたる第45代横綱若乃花(土俵の鬼)の写真が三枚飾られています。
常盤山親方(隆三杉)の貢献
1995年11月場所限りで引退した元小結・隆三杉。引退後は15代藤島、18代音羽山、15代常盤山と名跡変更するも、入門した部屋の部屋付き親方として後進の指導を続けました。
引退したときの二子山部屋の師匠は元横綱・若乃花(初代)の二子山親方。1996年に元大関・貴乃花(初代)が名跡変更で二子山を襲名し部屋を継承し師匠となりました。そして、2004年6月に一代年寄・貴乃花が部屋を継承して貴乃花部屋と名称変更が行われました。以後も、元小結・隆三杉の15代常盤山親方は部屋付き師匠として後進の指導に貢献していました。
常磐山親方は、元横綱・若乃花(初代)の系譜のなかで名称・師匠は変わったものの、自分がお世話になった部屋一筋に貢献し続けていたのです。
そんな一途な常磐山親方に転機が訪れます。
千賀ノ浦(元関脇・舛田山)部屋の継承者が見つからないという騒動が起きてしまいました。 千賀ノ浦部屋は出羽の海一門なので、本来なら一門から継承者を出すべきなのですが、まとまりません。
そんななか、一門外である常磐山親方に千賀ノ浦部屋の継承が要請されたされたのです。
当時、常磐山親方が部屋付き親方として所属していたのは貴乃花部屋。貴乃花部屋は元は二子山部屋です。そして、貴乃花親方があたらに貴乃花一門を創設する以前、二子山部屋は出羽の海一門だったのです。そのような経緯から、人格にも秀でた常磐山親方に白羽の矢が立ったのでしょう。
常磐山親方は、千賀ノ浦部屋の継承を承諾するにあたり、条件を出しました。それは、5年後に名跡を元に戻すというものでした。
そして、2016年4付き、常磐山親方は千賀ノ浦を襲名し、千賀ノ浦部屋を継承します。この際、一門も出羽の海一門から貴乃花一門へと移りました。
つまり、現・常磐山親方の大きな功績は、一つの相撲部屋を消滅することを救ったことです。これにより路頭に迷う力士たちを救ったのです。
元小結・隆三杉、慶事のあとの苦難
2016年4月に部屋の師匠となった元小結・隆三杉に慶事が訪れます。
2017年11月場所、貴景勝が十両昇進。部屋継承後、初の関取誕生です。
その翌年、2018年、貴乃花親方が、いろいろあって、大相撲界を去ることになったあの事件が勃発。
このとき貴乃花部屋は消滅のピンチにありましたが、この部屋消滅を救ったのも、また元小結・隆三杉でした。
細かい経緯は省略しますが、貴乃花部屋の人員を千賀ノ浦部屋で受けることで救ったのです。
このとき、貴乃花一門消滅につき、千賀ノ浦部屋は二所ノ関一門へと移りました。
この移籍組に元大関・貴景勝、湊川親方がいました。移籍当時、貴景勝は平幕上位でした。
移籍後の2018年11月場所、小結の貴景勝は13勝2敗で幕内初優勝を果たしました。元小結・隆三杉率いる千賀ノ浦部屋としては、二つ目の大きな慶事です。
そして、三つ目の慶事も貴景勝がもたらしました。2019年9月場所後に、貴景勝の新大関昇進が決まったのです。
しかし、これからが暗雲続きでした。
これ、あまりに苦難なので、Wikipedia引用にしちゃいますね。
引用元:Wikipedia 常磐山部屋
- 2018年12月、幕内・貴ノ岩が同年の冬巡業中に暴行問題を起こしたことが報道され、引責により引退した。なお、20代千賀ノ浦は監督責任を問われ、相撲協会より譴責処分を受けた。
- 2019年9月場所前の9月3日、8月31日に十両・貴ノ富士が稽古総見後に部屋へ戻った後、付き人の序二段力士に対して暴行問題を起こしたことが報道された。同月2日に被害者力士ら3人が姿を消したため、20代千賀ノ浦が連絡をとって2日深夜に詳細を把握。20代千賀ノ浦は3日に相撲協会の鏡山コンプライアンス部長に報告し、9月場所の出場自粛の申し出が了承された。相撲協会はコンプライアンス委員会(青沼隆之委員長=元名古屋高検検事長)に調査と処分意見の答申を委嘱し、同委員会は9月5日から調査を開始。その結果、貴ノ富士による付け人への暴行・差別的発言や貴源治による新弟子への理不尽な命令・処罰が判明した。同月26日の理事会で貴ノ富士には自主引退を促す決議(答申は引退勧告)がなされ、貴源治はけん責、20代千賀ノ浦には師匠としての監督責任を問われ報酬減額6ヵ月 (20%) の処分が通達された。貴ノ富士は処分を不服として翌27日に文部科学省で記者会見を行ったが、10月11日に日本相撲協会は貴ノ富士の引退届を受理したと発表し、貴ノ富士は現役を引退した。
- 2021年7月20日、十両・貴源治が大麻煙草を使用していたことが日本相撲協会から発表された。名古屋場所中の同月17日に内部通報が協会にあったため、同月18日の千秋楽後に尾車コンプライアンス部長が貴源治本人と師匠を聴取し、使用の事実を把握。その後、翌19日の薬物検査(尿検査)で大麻陽性の判定を受けた。これを受けての聴取で貴源治は名古屋場所中に大麻煙草の使用を認めた。協会は直ちに警察に通報、貴源治は事情聴取を受け、その後帰宅を許されて部屋で師匠の指示により謹慎となった。協会はコンプライアンス委員会に事実関係の調査と処分意見の答申を委嘱しその結果、同月30日、貴源治については解雇、17代常盤山については監督責任を問われ、委員から年寄への降格処分が協会より科された。
- 貴源治の不祥事により2年8ヶ月に渡り年寄への降格処分が科せられていたが、2024年3月27日新職務分掌で常盤山の委員復帰が認められた。
貴乃花部屋から移籍してきた貴景勝は、千賀ノ浦部屋に慶事をもたらしたものの、同じ移籍組の貴ノ岩、貴ノ富士、貴源治が問題を起こし、元小結・隆三杉の千賀ノ浦は2階級降格処分となってしまいました。
これだけの問題ですから、師匠としての責任は免れないのです。
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ところで、いろいろなゴタゴタがあるなかでも、貴景勝は引退までに合計4回の幕内優勝を果たしました。
また、千賀ノ浦部屋は当初からの約束通り、元小結・隆三杉が常磐山部屋を再襲名し、常磐山部屋となりました。
そして、2024年9月場所で貴景勝が引退、湊川親方となり常磐山部屋付き親方として後進の指導をはじめ、今に至ります。
新「湊川部屋」の所属員構成と角界の力学
部屋の継承に伴う人事異動は、単なる移動ではなく、大相撲界の伝統的な一門制度と深く結びついています。
湊川部屋に転属する構成員
常盤山部屋に所属していた力士全員は原則として、新師匠である14代湊川親方とともに「湊川部屋」へ転属します。これには、常盤山部屋の現役の関取経験力士として、以下の顔ぶれが含まれます。
- 隆の勝 伸明:
- 関脇まで昇進し、千葉県出身。19代、20代千賀ノ浦から17代常盤山親方の弟子となりました。
- 貴健斗 誠虎:
- 十両四枚目(令和7年11月場所)。熊本県出身。20代千賀ノ浦から17代常盤山親方の弟子であり、元は貴乃花部屋から移籍しています。四股名の「輝虎」は、貴乃花親方が尊敬する上杉謙信の前名にちなんで改名されました。
- 若ノ勝 栄道:
- 十両十一枚目(令和7年11月場所)。栃木県出身で、17代常盤山親方の弟子です。
また、協会員では以下のメンバーが湊川部屋に転属します。
- 世話人:
- 嵐望将輔(元幕下・嵐望、東京出身)。貴乃花部屋から移籍した経緯を持ちます。
- 床山 :
- 一等床山・床勝(木田浩二郎、昭和45年8月29日生)。
- 参 与:
- 17代常盤山太一親方(旧師匠)。
元出羽海一門への移籍者たち
今回の継承は、一部の協会員が、かつて先代の千賀ノ浦親方が所属していた出羽海一門の部屋へ戻るという、相撲界の複雑な「出戻り」人事を含んでいます。常盤山部屋は現在、二所ノ関一門に所属していますが、移籍する協会員は19代千賀ノ浦時代から在籍していた者たちであり、彼らはそれぞれ元の出羽海一門の部屋へ戻ります。
移籍する協会員とその転属先は以下の通りです。
- 行司:十両格行司・木村秀朗(森安朗、昭和60年10月14日生) → 玉ノ井部屋へ移籍。
- 呼出:三段目呼出・広(平岡良健、平成8年10月13日生) → 玉ノ井部屋へ移籍。
- 床山:三等床山・床千(加藤千晴、平成3年11月29日生) → 木瀬部屋へ移籍。
- 世話人:栃の山博士(元幕下・栃の山、東京出身) → 山響部屋へ移籍。
玉ノ井部屋、木瀬部屋、山響部屋は、いずれも出羽海一門に属しており、この人事は、一門制度を重んじる角界の慣習が反映されたものと言えます。
湊川親方(元大関・貴景勝)の壮絶な土俵人生と指導者としての覚悟
前述した元大関・貴景勝の経歴・戦績をもう少し掘り下げてみましょう。
新師匠となる湊川親方(元大関・貴景勝)の力士としてのキャリアは、まさに「不撓不屈」の精神を体現し、「相撲は殺し合い」という覚悟を持った孤高の道のりでした。
幼少期からの厳しい鍛錬とスピード出世
貴景勝(本名:佐藤貴信)は、兵庫県芦屋市出身で、5歳から極真空手を習い全国大会で準優勝した経験を持ちます。極真空手の「判定」に納得がいかなかったことから、相撲に転向しました。
彼は、小学校時代から父親考案の独特のトレーニングと、1回の食事でハンバーグ3枚や牛丼特盛り3杯といった過酷な食事ノルマを課せられ、芦屋ではその行動から父子が奇人扱いされることもありました。小学校4年生から6年生まで、芦屋の実家から東京の貴乃花部屋のキッズクラブへ稽古に通いました。
高校は埼玉栄高校に進学し、高校全国大会で7タイトルを獲得。2014年9月場所で、高校在学中ながら貴乃花部屋に入門し、初土俵を踏みました。
入門後は順調に出世し、2014年11月場所で序ノ口優勝、2015年1月場所で序二段優勝を飾り、2016年3月場所で幕下優勝。同年5月場所で新十両に昇進しました。
大関昇進と突き押し一本の信念
2017年1月場所で新入幕を果たし、四股名を貴景勝光信に改名。同年9月場所と11月場所では、横綱日馬富士から2場所連続で金星を獲得する快挙を成し遂げました。
そして、2019年3月場所後には、初土俵から所要28場所という当時日本出身力士としては史上最速(全体では史上6位)のスピードで大関に昇進しました。
貴景勝の相撲は、短躯肥満の体型を活かした突き押し一本に徹しており、押し相撲で安定した白星を挙げられる力士は異例だと評価されました。その結果、大関在位中に幕内最高優勝を4回経験しました。これは、番付上1人大関の在位場所数(4場所)、カド番の回数(9回)など、重圧の大きい大関の地位で戦い続けた証です。
負傷による引退と指導者への転身
大関として実績を重ねましたが、怪我との戦いも壮絶でした。2024年に入り、度重なる膝の負傷に見舞われ、同年9月場所では関脇に転落。場所の途中で、首の負傷が深刻であったことから引退を決断しました。
引退後は14代湊川を襲名し、常盤山部屋付きの親方となりました。引退会見では「非常にすがすがしい気持ち」と語った元横綱貴乃花とは対照的に、現役時代から「無理してご飯を食べなくてよくなった」と約40kg体重が落ちたことを明かしています。
湊川親方の力士としての卓越した実績(大関、優勝4回、三賞7回、金星3個)は、指導者として部屋を興す上で最高の「選抜システム」の指標となります。
湊川部屋の「試練」と「希望」
元小結・隆三杉の項目で記述したことを重複しますが、今一度、湊川部屋が背負うベースを確認しましょう。
湊川親方が継承する部屋の歴史には、過去のトラブルと、それを乗り越えてきた努力の両方が存在します。
過去の不祥事とコンプライアンスの教訓
常盤山部屋(旧千賀ノ浦部屋時代を含む)では、師弟関係におけるトラブルやコンプライアンス違反が相次ぎ、当時の師匠が監督責任を問われた歴史があります。
- 貴ノ岩による暴行問題(2018年12月):
- 元横綱日馬富士による暴行事件後に、貴ノ岩が巡業中に付き人に暴行し引退。当時の師匠(20代千賀ノ浦)は譴責処分を受けました。
- 貴ノ富士による暴行問題(2019年9月):
- 十両・貴ノ富士が付き人に暴行し、自主引退を促す決議がなされました。師匠(20代千賀ノ浦)は報酬減額処分を受けました。
- 貴源治による大麻使用(2021年7月):
- 十両・貴源治が大麻を使用し、解雇処分に。当時の師匠(17代常盤山)は監督責任を問われ、委員から年寄への降格処分を受けました。この処分は2年8ヵ月続きましたが、2024年3月27日に委員復帰が認められています。
大相撲界では、協会から独立して運営される相撲部屋の閉鎖性から、暴力事件やハラスメントが顕在化し、師匠の監督責任が厳しく問われる傾向にあります。湊
川親方は、自身が所属した部屋でこれらの問題に直面した経験から、新「湊川部屋」の運営においては、協会の定める「暴力行為禁止規定」の徹底と、弟子たちへの厳格かつ適切な指導が求められます。
湊川親方への期待される指導者像
湊川親方は、若くして部屋の師匠となることへの大きな期待を背負っています。
- 唯一無二の指導経験:
- 湊川親方は、競技者として高い成績を残し(幕内最高優勝4回)、また、指導者となるための「資力」も、支援者の獲得によって実現される経営能力の構成要素として重要であるという年寄名跡の性質を理解しています。
- ストイックな育成哲学:
- 現役時代は「馴れ合いに陥らないように他の部屋の力士とはつるまなかった」、相撲は「殺し合い」という覚悟を持つなど、徹底したプロ意識を持っていました。このストイックな哲学は、弟子たちに、いかに競技に真摯に向き合うべきかを教える上で強力な武器となります。
- 押し相撲の伝承:
- 湊川親方は突き押し一本を貫き通した力士として、その技術と精神を、隆の勝、貴健斗、若ノ勝らの弟子たちに伝授していくことが期待されます。特に、隆の勝は常盤山部屋の出世頭として活躍しており、師弟関係の強化は部屋のさらなる発展に不可欠です。
大相撲の継承システムと湊川名跡の深層
今回の継承は、大相撲の根幹をなす「年寄名跡」の継承システムを象徴する事例でもあります。
年寄名跡の起源と「湊川」の重み
年寄名跡は、江戸時代に雷権太夫らが組織した株仲間を原型とし、相撲協会の運営を担うための「免許」あるいは「営業権」としての性格を持ちます。年寄名跡は105家あり、原則として、名跡を所有し襲名しなければ年寄として活動できません。
湊川親方(貴景勝)は、大関経験者として、部屋を継承するための十分な競技者としての資格(横綱・大関経験者)を満たしています。
「湊川」の名跡は、江戸時代から続く由緒あるものです。湊川部屋は、大正初年に関脇・綾浪源逸が部屋を興し、一時は二所ノ関部屋に身を寄せた後、元前頭・十勝岩が再興した歴史があります。
そして、この名跡には、現代の角界における感動的な物語が秘められています。先代の13代湊川忠晃親方(元小結・大徹)は、自身が停年退職を迎える際、協会に残れない危機に瀕していた貴景勝(当時)のために一肌脱いで譲ったとされています。13代湊川親方は、2021年10月から2024年6月まで再雇用(参与)として協会に在籍していましたが、2024年6月30日に退職しています。
部屋継承に伴う一門の安定と軋轢
湊川部屋は、二所ノ関一門に属します。湊川親方の部屋継承により、常盤山部屋から湊川部屋へ名称が変わるものの、一門内での部屋の継続が図られます。年寄名跡は一門内でやり取りするのが一般的であり、一門外への流出を防ぐことで、理事選での票数減少を防ぐという側面もあります。
しかし、今回の継承では、常盤山部屋に所属していた行司や呼出、世話人など一部の協会員が、師匠交代を機に、元の出羽海一門の部屋へ移籍するという、複雑な人事が同時進行しました。これは、師匠である17代常盤山親方が、元々出羽海一門(二子山部屋)出身であったこと、また移籍する協会員が元々出羽海一門所属だったことによるものです。
大相撲界における部屋の継承は、単に師匠が変わるだけでなく、その部屋の所属員、名跡、そして一門の勢力図にも影響を及ぼす、角界の伝統と力学が絡み合った一大イベントなのです。
湊川親方の常盤山部屋継承に関するFAQ 11選
湊川親方による常盤山部屋継承(湊川部屋と改称)について、よくある疑問に答えます。
- Q:1 湊川親方が部屋を継承するのはなぜですか?
- A1: 現師匠である17代常盤山太一親方(元小結・隆三杉)が、2026年3月1日に協会の定める停年(定年)退職を迎えるため、後継者として部屋付きの湊川親方が部屋を継承し、部屋の存続を図るためです。
- Q2: 部屋の名称が「湊川部屋」に変わるのはなぜですか?
- 2A: 相撲部屋の名称は師匠の年寄名跡が冠せられる慣例があるため、新師匠が名乗る「湊川」を部屋名とします。
- Q3: 湊川親方はなぜ若くして部屋を持てるのですか?
- A3: 湊川親方は元大関であり、日本相撲協会が定める「部屋創設・継承資格」(横綱・大関経験者など)をクリアしているため、若くして師匠になることが可能です。
- Q4: 湊川親方が襲名した「湊川」名跡にはどのような歴史がありますか?
- A4: 「湊川」は江戸時代から続く由緒ある年寄名跡です。特に先代の13代湊川親方(元小結・大徹)は、協会に残れない危機にあった貴景勝のために名跡を譲ったという、感動的な経緯があります。
- Q5: 17代常盤山親方(元隆三杉)は今後どうなるのですか?
- A5: 17代常盤山親方は、停年までの間、新「湊川部屋」に「参与」として所属します。停年後は再雇用制度を利用して最長70歳まで協会に在籍できます。
- Q6: 湊川部屋に転属する力士には、どのような関取がいますか?
- A6: 常盤山部屋に所属していた力士全員が転属します。これには、関脇経験者の隆の勝伸明、十両の貴健斗誠虎、若ノ勝栄道が含まれます。
- Q7: 部屋付きの行司や呼出、世話人は全員引き継がれるのですか?
- A7: いいえ、行司の木村秀朗と呼出の広は玉ノ井部屋へ、床千(床山)は木瀬部屋へ、栃の山(世話人)は山響部屋へ、それぞれ元の出羽海一門の部屋へ移籍します。
- Q8: 湊川親方は大関時代にどれくらい優勝しましたか?
- A8: 湊川親方(貴景勝)は、大関在位中に幕内最高優勝を4回達成しました。これは、大関在位中に優勝した回数として歴代大関の中でも高い実績です。
- Q9: 湊川親方の現役引退の理由は?
- A9: 湊川親方は、2024年9月場所中、首の負傷の深刻化から引退を決断しました。引退後は「無理してご飯を食べなくてよくなった」と心身の負担から解放されたことを明かしています。
- Q10: 湊川親方が師匠になる部屋の所在地はどこですか?
- A10: 新「湊川部屋」は、現在の常盤山部屋と同じ東京都板橋区前野町に所在します。
- Q11: 湊川親方の大関昇進はどのくらい早かったのですか?
- A11: 湊川親方(貴景勝)は、初土俵から所要28場所で大関に昇進しました。これは、年6場所制以降の初土俵力士の中では歴代6位のスピード記録です。
まとめ
- 元大関・貴景勝(14代湊川親方)が、2026年1月26日付で常盤山部屋を継承します。
- 継承に伴い、部屋名は師匠の名跡から「湊川部屋」に改称されます。
- 現師匠の17代常盤山親方(元隆三杉)は、停年(定年)退職を控えており、参与として新部屋に所属します。
- 湊川親方は29歳での師匠就任となり、元大関という実績から部屋継承資格を満たしています。
- 部屋付きの行司、呼出、世話人など一部協会員は元の出羽海一門の部屋へ移籍します。
- 湊川親方は大関時代に幕内最高優勝を4回経験しており、その指導手腕に注目が集まっています。
- 「湊川」名跡は、先代の13代湊川親方(元小結・大徹)が、貴景勝のために譲ったという特別な背景を持ちます。
元大関・貴景勝である14代湊川親方による常盤山部屋の継承と「湊川部屋」への改称は、大相撲界にとって大きな節目となります。これは、現師匠である17代常盤山親方(元小結・隆三杉)の停年退職(2026年3月1日)に伴うもので、2026年1月26日付で正式に発足します。
湊川親方は、わずか29歳という若さで名門の看板を背負うことになりますが、その背景には、突き押し一本で幕内優勝4回、大関を30場所務めたという輝かしい実績があります。小学校時代からの厳しい鍛錬、そして「相撲は殺し合い」という孤高の哲学を貫いた彼のキャリアは、指導者としての揺るぎない資質を示すものです。
新「湊川部屋」の門出では、関脇・隆の勝、十両・貴健斗、若ノ勝といった現役力士全員が師匠とともに新たなスタートを切ります。一方で、行司や呼出、世話人など一部の協会員は、師匠の交代に伴い、元の出羽海一門の部屋へと移籍するという複雑な人事も発生しました。これは、年寄名跡の継承が一門の枠組みと密接に関わる、大相撲界の伝統的な側面を反映しています。
湊川親方は、自身の壮絶な力士人生で培った「勝負師の精神」と、過去の部屋でのトラブルから学んだコンプライアンスの教訓を踏まえ、弟子たちに、いかに厳しく、そして適切に相撲道に精進すべきかを伝えていくことになります。
若く、高い実績を持つ新師匠による「湊川部屋」の誕生は、大相撲の歴史を継承しつつ、新しい時代を切り開く、大きな希望の光となるでしょう。


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