子どものころ、「白雪姫」や「シンデレラ」を読んで心をときめかせた記憶がある方は多いでしょう。
王子様が現れて、魔法が解けて、みんなが幸せになる——そんな物語のイメージが頭に刷り込まれているはずです。
ところで「白雪姫」や「シンデレラ」はグリム童話集にあるお話として世界に広まっていきました。
グリム童話臭はグリム兄弟が子供向けの昔話を集めた本ということも有名ですね。
しかし、グリム童話の「初版」はまったく別の顔をしていました。
近親相姦、子捨て、人肉食……。
現代の感覚では到底「子ども向け」とは呼べない内容が、19世紀の民間伝承そのままの姿で収録されていたのです。
この記事では、グリム兄弟とグリム童話の素顔を紐解きながら、有名な各作品が「初版ではいかにおどろおどろしい内容だったか」を話ごとに解説していきます。
知っているようで知らない、童話の深すぎる闇へようこそ。
グリム兄弟とグリム童話——世界最大の民話集はこうして生まれた
グリム兄弟とはどんな人物か
ヤーコプ・グリム(1785〜1863)とヴィルヘルム・グリム(1786〜1859)の兄弟は、ドイツの言語学者・文献学者です。
童話作家と思われがちですが、じつは彼らは「物語を作った」のではありません。
グリム兄弟は、ドイツ各地に伝わる口承の民話を収集・編纂した、いわば民俗学の先駆者です。
兄ヤーコプが主に収集と学術研究を担い、弟ヴィルヘルムが物語の文体を整え書き直す役割を担いました。
版を重ねるごとに「子ども向け」に洗練させていったのは、主に弟・ヴィルヘルムの仕事でした。
なぜグリム童話は生まれたのか——時代背景
グリム童話が生まれた背景には、19世紀初頭のドイツが置かれた政治的危機がありました。
ナポレオン戦争(1803〜1815年)によってドイツはフランスに占領され、政治と社会は混乱を極めていました。
こうした状況のなか、ドイツ国内ではナショナリズムが高まりを見せます。
ロマン派の詩人や哲学者たちは「文化の最も純粋な形は民衆の口伝えの中にある」と信じ、各地の昔話を掘り起こす動きが生まれました。
グリム兄弟もこの流れに乗り、1812年のクリスマスに『子どもと家庭のメルヒェン集』初版第1巻(全86篇)を刊行します。
つまりグリム童話は、愛国的な文化保存運動の産物でもあったのです。
グリム童話が世界に受け入れられた理由
1812年の初版は批判も多く、売れ行きも振るいませんでした。
内容が子どもに向かないうえに、学術的注釈が付いた「どっちつかず」の本という評価だったからです。
しかし1823年にイギリスで英訳版が刊行されると大きな反響を呼び、グリム兄弟はこれを機に大幅な改訂を決意します。
以後1857年の第7版(最終版)に至るまで、版を重ねるごとに残酷な描写は削られ、性的な示唆は消され、結末は穏やかになっていきました。
こうして「夢と希望」の衣をまとったグリム童話は、170以上の言語に翻訳される世界最大の民話集へと成長します。
現在読まれているのは、40年がかりで7回書き直された「最終形」なのです。
以下、グリム童話集のなかから有名なお話をいくつかピックアップして、そのお話の初版本でのおどろおおろしい状況をお伝えしますね。
白雪姫——王妃は「継母」ではなく「実の母親」だった
初版のおどろおどろしい内容
私たちが知っている白雪姫の悪役は「継母」です。
しかし初版(1812年)では、白雪姫を執拗に狙う女王は姫の実の母親でした。
自分が腹を痛めて産んだ娘が、まだ7歳の幼女の段階で「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」という問いに答えてしまう——それだけの理由で、実母は我が子を殺そうと狩人に命じるのです。
この異常な嫉妬の背景として、夫(王)の関心が美しく育った娘へと向いたことを理由とする説すらあります。
また、今日の白雪姫では「王子のキスで目覚める」場面が定番ですが、初版にはこのロマンチックな展開がありません。
毒リンゴで仮死状態になった姫は、ガラスの棺に入れられたまま長い時間が経過し、肉体だけが成長しています。
そこへ王子が現れ、死体同然の少女に惚れ込んで連れ去ろうとするのです。
なぜ改変されたのか
当時の出版物の主な購買層は都市部の富裕市民層でした。
「実の母親が幼い娘の美しさを妬んで殺そうとする」という内容は、物語を読み聞かせる母親たちへの配慮から到底そのままにはできません。
弟ヴィルヘルムは改訂のたびに近親者による加害の描写を「継母」に置き換えていきました。
母親が悪役である話が「継母」へと書き換えられた作品は、グリム童話全体で相当数に上ります。
改変で生まれた新たな残酷さ
皮肉なことに、改変によって新たな残酷描写が加わった部分もあります。
白雪姫の結末で継母が受ける罰——真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊り続けさせられる——は、実は初版には存在しない描写です。
後の版でヴィルヘルムが付け加えたものでした。「子ども向け」に洗練させる一方で、悪者への制裁はむしろ苛烈になっていったのです。
ヘンゼルとグレーテル——実の母親が子どもを森に捨てた
初版のおどろおどろしい内容
お菓子の家と魔女——子どもたちの想像力をかき立てるこの物語も、初版は相当に暗い話でした。
最大の違いは、兄妹を森へ捨てることを提案する親が「継母」ではなく実の母親だったことです。
「このままでは四人とも飢え死にする。子どもたちを捨ててくれば夫婦ふたりは生き延びられる」と実の母親が夫を押し切り、幼い子を深い森に置き去りにします。
中世ヨーロッパの大飢饉(14世紀)の時代に実際に行われていた「口減らし」の習慣が、そのまま物語に刻まれていたのです。
もう一つ見逃せないのが、グレーテルが魔女をかまどへ押し込む場面の描写です。
初版には、彼女の内面がこう記されています。「老婆の顔に母親が重なった。自分たちを森に捨てた、残酷なあの女の顔が……」。
グレーテルにとってこの場面は、魔女の退治であると同時に、実の母親への復讐でもあったのです。
なぜ改変されたのか
「実の母親が子捨てを主導する」という設定は、本を読み聞かせる親たち——特に母親——にとってあまりに刺激的でした。
「子どもと家庭のメルヒェン集」という題名を掲げながら、母性そのものを否定するような内容は購買層の反発を招きます。
ヴィルヘルムは第4版以降で実母を「継母」に差し替え、父親が子どもたちを心から愛しているように描き直しました。
改変されたポイント
改変後は「継母が悪役、父親は被害者」という図式が成立し、物語の焦点が「家族の再生」へと移ります。
兄妹が帰宅すると継母はすでに病死しており、父親と3人で幸せに暮らします——という読後感も格段に穏やかになりました。
ただし魔女をかまどへ突き落とす場面はそのまま残り、子どもが年老いた女性を焼き殺すという核心の残酷さは最後まで消えませんでした。
シンデレラ(灰かぶり)——義姉は足を切り落とし、目をえぐられた
初版のおどろおどろしい内容
グリム版シンデレラに、ガラスの靴も魔法使いのおばあさんも登場しません。
それらはフランスのペロー版(1697年)が付け加えたもので、グリム版には存在しないのです!
グリム版のシンデレラこと「灰かぶり」(★1)が見せる残酷さは、ラストシーンに集中しています。
王子が靴の持ち主を探しに来ると、継母は二人の娘に命じます。
「お前は足先を、お前はかかとをナイフで切り落とせ」——無理やり靴を合わせようとするのです。
靴は血まみれになりますが、それでも諦めないド根性の義姉たちは、傷ついた足を引きずってシンデレラの結婚式にまで乗り込みます。
しかしその報いは凄まじいものでした。
式に参列した義姉たちは、シンデレラの使いである鳩に目をえぐり取られ、両目を失って幕となります。
また、初版のシンデレラには実の父親も登場するのですが、この人物が徹底的にひどい。
娘がいじめられていても見て見ぬふりをするだけでなく、「灰かぶりなどが花嫁になれるわけがない」と王子の使者に言い放ちます。
挙げ句、逃げ出すシンデレラを追って父親がハト小屋をオノで破壊し、ナシの木を切り倒す——自分の娘だとわかったうえで。
★1・コラム、灰かぶりって何?
グリム版シンデレラのタイトル「灰かぶり」は、ドイツ語で Aschenputtel(アッシェンプッテル) といいます。
「Asche(灰)」+「Puttel(まみれの者、汚れた者)」という組み合わせで、灰だらけの娘という意味です。
継母にこき使われ、暖炉の灰の中で寝起きしていたため、いつも体が灰で汚れていた——そこからついたあだ名ですね。
英語の「Cinderella(シンデレラ)」も同じ発想で、「Cinder(燃えかす・灰)」からきています。フランスのペロー版では「Cendrillon(サンドリヨン)」で、これも「cendre(灰)」が語源です。
つまり英語・フランス語・ドイツ語いずれも「灰まみれの娘」という同じ意味を持っていて、日本語訳の「灰かぶり」はドイツ語原題にかなり忠実な訳し方をしているわけです。
なぜ改変されたのか
「足を切り落とせ」「目をえぐり取る」という描写はそのままにされた一方で、鳩による目潰しは「悪い行いには必ず報いがある」という道徳的な教訓として解釈されたため、後の版でも残されました。
むしろ版が進むにつれて義姉への制裁がより明確に描かれるようになり、ヴィルヘルムにとって「悪者への罰の場面は残虐でも問題ない」というスタンスが透けて見えます。
改変されたポイント
現在広く知られているシンデレラのイメージ——カボチャの馬車、ガラスの靴、12時の鐘——はすべてペロー版に由来するもので、グリム版には存在しません。
ディズニー版はグリム版よりもペロー版に近いため、実は「グリム童話のシンデレラ」は私たちが思っているものとはまったく別の物語です。
赤ずきん——少女は祖母の肉を食べ、素っ裸にされた
初版のおどろおどろしい内容
グリム兄弟が採録した赤ずきん以前の民話は、現在の姿とはまるで違う内容でした。
狼はおばあさんを食い殺すと、その肉を戸棚に、血をビンに入れて棚に置きます。
そしておばあさんに化けてベッドに横になりました。
やってきた少女は狼に勧められるまま、戸棚の「干し肉」と棚の「ワイン」を口にします——それがおばあさんの肉と血だとは知らずに。
さらに狼は少女に服を脱いでベッドに入るよう言います。
少女は言われるまま一枚一枚服を脱ぎ、「脱いだ服はどうすればいいの?」と問うと、「暖炉の火にくべてしまえ」と答えます。
裸になった少女がオオカミのベッドに入ったところで物語はクライマックスへ。
フランスのペロー版(1697年)では、そのままオオカミに食べられて終わり——救いは一切ありません。
なぜ改変されたのか
グリム兄弟は、食べられて終わるペロー版に別の童話「狼と七匹の子山羊」の結末を組み合わせました。
眠っている狼のお腹をハサミで切り開いて赤ずきんとおばあさんを救い出す——というハッピーエンドを加えることで、救いのない警告話に「勇気と機転で危機を乗り越える」という意味を持たせたのです。
また民話にあった人肉食の描写や性的な示唆は、当然のように削除されました。
改変されたポイント
グリム版の赤ずきんには、じつは後日談があります。
別の狼に再び狙われた赤ずきんは、今度はおばあさんと協力して自力で狼を退治します。
一度目の失敗から学んだ女の子の成長物語——という前向きなメッセージが加わったことで、物語は単なる恐怖譚から「教訓と成長の童話」へと変貌を遂げました。
ラプンツェル——塔の中で「妊娠」していた
初版のおどろおどろしい内容
現在のラプンツェルは、塔に幽閉された少女が長い髪を垂らして王子を引き上げ、恋に落ちる物語です。
しかし初版には、彼女が王子との間に妊娠したという描写がはっきり書かれていました。
さらに初版では、ラプンツェルを閉じ込めている存在は「魔女」ではなく「妖精」でした。
「名付け親のおばさん」と呼ばれるこの妖精が、野菜(ラプンツェル=野ヂシャ)を盗んだ夫婦から赤ちゃんを取り上げ、育てるという設定です。
妊娠が発覚した場面で、魔女(妖精)の怒りが爆発します。
「あなたのお腹はだんだん大きくなってきているわね。ずいぶんいけない子だこと!」——ラプンツェルは思わず口を滑らせ、自ら発覚を招くのです。
なぜ改変されたのか
未婚の少女の妊娠は、19世紀の道徳観において最大のタブーの一つでした。
「子どもと家庭のメルヒェン集」に収録するには、あまりに不適切な内容です。
弟ヴィルヘルムは第2版からこの描写を完全に削除し、王子が塔を訪れる回数を「何度も」から「たまに」へ改め、肉体関係を示すいかなる示唆も取り除きました。
改変されたポイント
「魔女が妖精から置き換わった」という変化も見逃せません。
「名付け親のおばさん」という表現は、保護者的な存在を連想させます。
これを悪役の「魔女」に変えたことで、物語が「善と悪の対立」という明快な構図を持つようになりました。
現在のラプンツェルのイメージ——ディズニー版を含め——はこの改変以後の産物です。
千匹皮——初版にしか存在しない「近親相姦」の物語
初版のおどろおどろしい内容
「千匹皮(ちぐさのかわ)」は現在ほとんど知られていませんが、初版グリム童話に収録された問題作のひとつです。
亡き王妃が「自分より美しい者にしか再婚しない」と夫に約束させました。
しかし年月が経ち、成長した王女こそが母親に瓜二つの美しさを持つと気づいた国王は、なんと自分の娘を妃にしようと迫ります。
逃げ出した王女が千種類の毛皮を縫い合わせたマントで身を隠しながら放浪し、最終的に別の王国で幸せを掴む——というのが大まかな筋書きです。
父による娘への求婚、すなわち近親相姦が物語の発端として描かれています。
なぜ改変されたのか
「近親相姦」はいかなる道徳観に照らしても子ども向けの物語に盛り込める内容ではありません。
ヴィルヘルムは改訂のたびに近親者による性的な圧力の描写を削除・修正しており、「千匹皮」については初版以降の収録自体が大幅に縮小されました。
現在の日本で一般に流通しているグリム童話集にほぼ収録されていないのは、そのためです。
改変されたポイント
物語の骨格そのものに「父による娘への求婚」という要素が不可欠なため、この話を「家庭向け童話」として成立させることは構造的に困難でした。
同様の近親相姦を主題とした話はグリム童話の初版に複数存在しており、その多くが後の版で削除・縮小という扱いを受けています。
現代に伝わる「童話」が、いかに徹底的に「浄化」されてきたかを如実に示す作品です。
グリム童話に関するFAQ
以下、グリム童話に関するFAQをまとめました。
- Q1. グリム兄弟は童話作家ではないのですか?
- A1. グリム兄弟は民俗学者・言語学者であり、物語を「創作」したのではなく「収集・編纂」しました。ドイツ各地に口伝えで残っていた昔話をまとめたのが『グリム童話集』の正体です。
- Q2. グリム童話の正式な書名は何ですか?
- A2. 正式名称は『子どもと家庭のメルヒェン集(Kinder- und Hausmärchen)』です。「グリム童話集」という呼び名は通称です。
- Q3. 全部で何話収録されているのですか?
- A3. 最終版(第7版・1857年)には全210話が収録されています。初版第1巻は86篇、第2巻は70篇で合計156篇でした。
- Q4. 「メルヒェン」とはどういう意味ですか?
- A4. 「昔話」を意味するドイツ語です。英語の「fairy tale(妖精物語)」とは微妙にニュアンスが異なり、必ずしも妖精が登場しなくても「メルヒェン」と呼ばれます。
- Q5. グリム童話はユネスコに登録されているのですか?
- A5. グリム童話集の原稿・初版本などは、2005年にユネスコの「世界記憶遺産」に登録されました。
- Q6. グリム童話の話者は庶民の老婆だったのですか?
- A6. 長らくそう信じられてきましたが、研究によって否定されています。実際の話者の多くはフランス系の上流市民の子女たちであり、ペロー童話などを読んでいた可能性が高いとされています。
- Q7. ペロー童話とグリム童話はどう違うのですか?
- A7. シャルル・ペロー(1628〜1703)が先行するフランス版です。同じ物語でも、ペロー版は貴族向けに洗練された教訓話の色彩が強く、グリム版は民話の生々しさをより多く残しています。また「赤ずきん」のようにペロー版では主人公が助からない話でも、グリム版ではハッピーエンドに改変されているケースがあります。
- Q8. 第二次大戦中のドイツでグリム童話はどう使われましたか?
- A8. ナチス・ドイツ政権下では、削除されていた残酷な描写が意図的に復活させられ、闘争の理想化や人種政策の正当化に利用されたと指摘されています。戦後の1948年には、イギリス占領軍が西ドイツ国内でのグリム童話出版を一時禁止する事態にまで発展しました。
- Q9. 日本にはいつ伝わったのですか?
- A9. 「赤ずきん」の最初の日本語訳は1902年(明治35年)に女性向け雑誌に掲載されたとされています。本格的な普及は明治〜大正期で、当初は西洋の娘の物語として挿絵も描かれていました。
- Q10. ディズニー映画はグリム童話のどの作品を原作にしているのですか?
- A10. 「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」「ラプンツェル(塔の上のラプンツェル)」などが該当します。ただしディズニー版は「夢と希望」をテーマにアレンジしているため、グリム版の残酷さや教訓色は大幅に薄められています。
- Q11. グリム童話の初版はいま読めますか?
- A11. 日本語訳では小学館文庫の『1812初版グリム童話』(上・下)や、岩波書店の初版全訳版などが刊行されています。現在の童話集とは別物と言っていいほど印象が異なるため、大人の読み物として一読の価値があります。
まとめ——「浄化」の歴史がグリム童話を生んだ
グリム童話の初版は、中世ドイツの民間伝承をほぼそのまま収録した、飾り気のない生々しい物語集でした。
実の母親による子捨て、幼い少女への性的な危機、近親相姦の示唆——現代の目には衝撃的なこれらの内容は、当時の農村社会のリアルな恐怖と習慣を反映したものでした。
グリム兄弟、特に弟ヴィルヘルムは、版を重ねるごとに「子どもに読ませるにふさわしくない」内容を丁寧に削除・修正し続けました。
実母は継母になり、妊娠描写は消え、救いのない結末にはハッピーエンドが加えられました。
その40年越しの「浄化」作業の結晶が、世界170以上の言語に翻訳された現在のグリム童話集です。
逆に言えば、いま私たちが親しんでいる「白雪姫」も「ヘンゼルとグレーテル」も「赤ずきん」も、長い歴史の中で幾度も書き換えられた「最終形」に過ぎません。
初版の姿を知ると、改めて「なぜこの物語がこんな形になったのか」という問いが浮かんできます。
そしてその答えを探ることは、ヨーロッパの民衆の歴史と道徳観の変遷をたどることでもあるのです。
グリム童話は、「昔話」という外皮をまとった、人間の業の記録——そう言っても、決して言い過ぎではないでしょう。


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