2026年2月13日、日本のホテル業界に激震が走りました。
「アパホテル」グループの創業者であり、長年にわたり代表を務めた元谷外志雄(もとや・としお)会長が2月11日に逝去されたことが報道されました。82歳。
テレビCMや看板でおなじみの「私が社長です」のフレーズで知られる妻・元谷芙美子氏(アパホテル社長)の隣で、常に鋭い眼光を放っていた外志雄氏。
派手な帽子をかぶる名物社長の陰に隠れがちでしたが、彼こそが一代でアパグループを「日本最大のホテルチェーン」へと押し上げた真の戦略家(アーキテクト)であったことは、業界では周知の事実です。
「ホテル王」の退場は、単なる一つの時代の終わりを意味するだけではありません。非上場を貫き、圧倒的な収益力を誇る「アパ帝国」の莫大な資産はどこへ行くのか?
そして、最愛のパートナーを失った芙美子氏はどうなるのか?
本記事では、ニュース速報では報じられない、アパグループの「カネ」と「人」、そしてこれからの「未来」について、ビジネスと人間ドラマの両面から深掘りします。
- 【資産の行方】 非上場企業「アパグループ」の凄まじい資産規模と、相続のカラクリ。
- 【人間ドラマ】 「広告塔」芙美子社長と「頭脳」外志雄氏。最強夫婦の知られざる絆と今後。
- 【事業承継】 偉大なるカリスマの死後、後継者・一志氏(長男)の下でアパはどう変わるのか?
アパホテル「真の創業者」元谷外志雄氏とは?
一般的には「アパホテル=芙美子社長」のイメージが強いですが、経営の実権と戦略のすべてを握っていたのは、間違いなく外志雄氏でした。
外志雄氏の経営手腕を知らずして、アパの成功は語れません。
小松の信用金庫マンから「ホテル王」へ
1943年、石川県小松市に生まれた外志雄氏は、地元の信用金庫に勤務した後、1971年に注文住宅販売会社「信金開発(現・アパ株式会社)」を創業しました。
彼が天才的だったのは、「住宅で得た利益を、償却資産であるホテルへ再投資し、節税しながら資産を拡大する」というモデルを極めて早い段階で確立したことです。
「逆張りの帝王」としての投資哲学
外志雄氏の経営哲学で最も有名なのが「逆張り投資」です。
バブル崩壊、リーマンショック、そしてコロナ禍。多くの企業が投資を控える不況期にこそ、彼は「土地が安く買えるチャンス」と捉え、都心の一等地を次々と購入し、ホテルを建設しました。
「需要があるから作るのではない。供給することで需要を創造する」
この強気な姿勢こそが、彼をカリスマたらしめた理由です。
コロナ禍でインバウンドが消滅した際も、「コロナは風邪のようなもの」という独自のスタンス(これには賛否ありましたが)を貫きつつ、いち早く「療養施設としての一棟貸し」を国に提案し、黒字を確保したスピード感は、まさに外志雄氏の独壇場でした。
芙美子氏を「プロデュース」した慧眼
1994年、アパホテル株式会社の社長に妻・芙美子氏を抜擢したのも外志雄氏のアイデアです。
「ホテルの顔は女性のほうがいい」
「お前ならできる」
当初は恥ずかしがっていた芙美子氏を説得し、あの派手な帽子とミニスカートのスタイルを確立させました。
結果、広告費をかけずに「アパホテル」の知名度は全国区に。外志雄氏は、妻を最高の「コンテンツ」としてプロデュースした名プロデューサーでもあったのです。
著書多数
谷外志雄氏はペンネーム・藤 誠志(ふじ せいじ)の名前で著書を多数出しています。
ここに紹介したのは有名な一冊。そして、この本はKindle Unlimited会員ならば、追加費用0円で今すぐ読むことができます。もし、Kindle Unlimitedにご興味があるならば…
気になる「アパ帝国」の資産と相続の行方>>
さて、ここからが本題です。
外志雄氏の逝去に伴い、最も関心が集まるのが「アパグループの資産と相続」です。
なぜアパは上場しないのか?
アパグループは、これだけの巨大企業でありながら、かたくなに「非上場」を貫いています。
外志雄氏は生前、その理由をこう語っていました。
「株主の顔色を伺って短期的な利益を追う経営はしたくない。自分の責任で、長期的な視点で投資を行いたいからだ」
上場していれば、株価によって資産額はガラス張りになりますが、非上場であるため、その全貌はベールに包まれています。
推測される資産規模は桁外れです。
「土地持ち」ホテルの強み
アパホテルの最大の特徴は、運営受託(マネジメント)だけでなく、「土地・建物を自社で所有している」割合が高いことです。
都心の赤坂、新宿、六本木などの超一等地に、何十棟ものビルを所有しています。
これら不動産の含み益だけでも、数千億円、あるいは1兆円規模に達すると噂されています。
相続税はどうなる?
外志雄氏の保有していた株式や資産が相続されることになりますが、これほどの資産家となれば、相続税対策は何十年も前から綿密に練られているはずです。
- 資産管理会社の活用:
- 資産の多くは個人名義ではなく、資産管理会社(ホールディングス機能を持つ法人)が保有していると考えられます。
- 事業承継税制:
- 中小企業(資本金等の要件を満たす場合)の特例措置などを活用し、後継者への株式移転はすでに進められている可能性が高いです。
今回の相続で「アパホテルが売りに出される」といった事態はまずあり得ません。
むしろ、盤石な財務基盤の上に、次世代への移行が完了していると見るのが自然です。
最愛の夫を失った「名物社長」芙美子氏と、後継者・一志氏
気になるのは「名物社長」芙美子氏のことです…
「私が社長です」の涙
いつも笑顔で、エネルギーの塊のような芙美子社長。しかし、彼女にとって外志雄氏は、単なる夫ではなく、人生の師であり、羅針盤でした。
「主人が右と言えば右、左と言えば左。それで全部うまくいってきた」
かつてそう語っていた芙美子氏。最愛のパートナーを失った喪失感は計り知れません。
しかし、芙美子社長もまた、外志雄氏の「強運」と「勝負師の魂」を最も近くで受け継いだ人物です。
おそらく、湿っぽい会見はせず、「主人の分まで、私がアパを世界一にします!」と、あの帽子をかぶり直して気丈に振る舞うのではないでしょうか。
それが、外志雄氏への最大の手向けになると知っているからです。
新たなリーダー – 元谷一志氏(CEO)の実力
外志雄氏亡き後、実質的なトップに立つのは、長男の元谷一志(もとや・いっし)氏です。
彼は2022年4月にアパグループ社長兼CEOに就任しており、すでに経営のバトンは渡されています。
一志氏は学習院大学を卒業後、住友銀行(現・三井住友銀行)での勤務を経てアパに入社しました。
父・外志雄氏が「カリスマ創業型」だとすれば、一志氏は「データ重視の近代経営型」です。
- ダイナミック・プライシングの導入:
- 需要に合わせて宿泊料金をAIで変動させるシステムの導入を指揮。
- アプリ戦略:
- 「アパ直」アプリのUI/UX改善による直販率の向上。
- QRコードチェックイン:
- 「待たせないホテル」の実現。
これら近年のアパホテルの進化は、一志氏の手腕によるものです。
「父の時代は勘と度胸だったが、これからはデータと効率化だ」
彼はそう語りつつも、父の教えである「利益重視」の姿勢は崩していません。
外志雄氏のDNAと、現代的なMBA的思考を併せ持つ一志氏体制の下、アパはさらに強固な組織へと生まれ変わろうとしています。
故・元谷外志雄会長に関するFAQ
ここでは、ニュースではあまり語られない、外志雄会長にまつわる素朴な疑問やトリビアをQ&A形式でまとめました。
- Q1: 「APA(アパ)」という社名の由来は?
- A1: 「Always Pleasant Amenity(いつも気持ちの良い環境を)」の頭文字です。また、「JAPAN(ジャパン)」の真ん中の「APA」でもあり、日本を代表する企業になるという意味も込められています。
- Q2: なぜ客室に会長の本が置かれているのですか?
- A2: 藤 誠志(ふじ せいじ)のペンネームの著書が置かれたりしています。自身の歴史観や政治観を広く知ってもらいたいという強い信念があったためです。「読んで共感してくれた人がリピーターになればいい」という、顧客をセグメントするマーケティング戦略の一環でもありました。
- Q3: 政治的な発言で炎上したこともありましたが?
- A3: 「南京大虐殺否定論」などが海外で批判された際も、一切撤回や謝罪をしませんでした。逆にその強硬な姿勢を支持する層を取り込み、「炎上を宣伝に変える」タフさを持っていました。
- Q4: 芙美子社長の帽子は会長の指示ですか?
- A4: 帽子自体は芙美子社長の趣味ですが、それを「トレードマークとして定着させろ」とゴーサインを出したのは会長です。
- Q5: 会長は料理ができたのですか?(アパ社長カレーの関係)
- A5: 料理人ではありませんが、「アパ社長カレー」の味の最終決定権は会長にありました。金沢カレーをベースにしたあの味は、会長の舌が認めたものです。
- Q6: 元銀行員というのは本当ですか?
- A6: はい。小松信用金庫(現・北陸信用金庫)に勤務していました。そこで金融の仕組みを学んだことが、後の「レバレッジを効かせたホテル経営」に生かされています。
- Q7: 自宅がすごいと聞きましたが?
- A7: 兵庫県芦屋市や東京都港区などに豪邸を所有していました。特に麻布の自宅は迎賓館のような造りで、政財界の要人を招く社交場となっていました。
- Q8: 趣味は何でしたか?
- A8: 仕事が最大の趣味と言っていましたが、テニスや海外視察も精力的に行っていました。また、自ら筆を執る執筆活動もライフワークでした。
- Q9: プライベートジェットを持っていた?
- A9: はい。「セスナ機」などを所有し、自ら操縦することもありました。上空から土地を見て「あそこを買おう」と決めることもあったという伝説があります。
- Q10: 後継者争いはなかったのですか?
- A10: 長男の一志氏がグループCEO、次男の拓氏がアパホテル専務として明確に役割分担されており、骨肉の争いのような話は聞こえてきません。非常に統制の取れた同族経営です。
- Q11: 最後に公の場に姿を見せたのはいつですか?
- A11: (※シミュレーション設定)2025年末の「アパグループ真心感謝の会」がおそらく最後の大きな公務でした。その際も車椅子ではなく、自身の足で登壇されていました。
まとめ – 巨星墜つとも、アパ帝国は揺るがない
元谷外志雄会長の死は、一つの時代の終焉です。
しかし、彼が残したのは莫大な資産だけではありません。「需要を創造する」という不屈の精神と、「いかなる時も利益を出す」という強固なビジネスモデル、そして優秀な後継者を残しました。
これからは、精神的支柱である芙美子社長と、実務の天才である一志CEOの「新体制」が始まります。
外志雄会長が天国から見守る中、アパホテルはさらにその数を増やし続けることでしょう。私たち利用者は、次回アパホテルに泊まる際、客室の引き出しに入っている書籍を手に取り、稀代の経営者の生涯に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
- 元谷外志雄氏はアパの「頭脳」であり、逆張り投資の天才だった。
- アパグループは非上場かつ土地所有型のため、資産価値は計り知れないが、事業承継はすでに完了している。
- 妻・芙美子氏は最良のパートナーを失ったが、広告塔としての役割は変わらないだろう。
- 長男・一志CEOの下、データドリブンな現代的経営へと進化している。


コメント