「暴力決別宣言」から8年、なぜ場所前に説明責任を果たさないのか…
3月8日、大相撲春場所がエディオンアリーナ大阪で開幕します。
チケットは全日程完売、会場は熱気に包まれることでしょう。
土俵の上では横綱・大の里をはじめ、躍進著しい大関・安青錦ら新鋭たちが火花を散らすハズ…。
ファンにとっては待ち望んだ15日間。
しかし今年の春場所は、例年とは少し違う空気を帯びたまま初日を迎えることになりそうです。
場所直前に角界を揺るがす大事件が発覚したにもかかわらず、日本相撲協会は開幕まで何一つ公式声明を出さなかったのです。
ファンは何の説明も受けないまま、大阪の土俵を眺めることになります。
これは、果たして普通のことなのでしょうか。
なお、こちらの記事もどうぞ。


事件の概要 〜 何が起きたのか?
2月24日、春場所の番付発表が行われた当日のこと。
伊勢ヶ濱親方(元横綱・照ノ富士、34歳)が、たにまちとの酒席で弟子の幕内・伯乃富士(22歳)に暴力を振るったことが明らかになりました。
複数の関係者によると、酔った伯乃富士がその場にいた女性に絡んだことに激怒した伊勢ヶ濱親方が、殴打したとされています。その暴行には酒瓶が使われたという報道もあります。
一方、「グーで殴られた」との証言もあり、いずれにしても、伯乃富士の顔は腫れ上がった状態だったとのこと。
靱帯まで損傷し、春場所の最終調整のために部屋全体が大阪へ移動した後も、伯乃富士だけが東京に残ることになりました。
ただし、この「靱帯まで損傷」は、先場所での怪我であるのか、それとも伊勢ヶ濱親方からの暴行の結果であるのかは不明です。
事件の翌日、伊勢ヶ濱親方は自ら動きました。
伯乃富士と、同じ酒席にいた幕内・錦富士の3人で両国国技館へ出向き、協会に事情を報告。
大阪市内での報道陣への取材にも応じ、「責任ない行動を取ってしまった。協会に事実をお話しして、処分を待っている」と暴力行為を認めました。
部屋の力士たちを集めて謝罪したことも明かしています。
師匠自らが自己申告したこと、そして暴力の発覚後に詳細を明かさず「処分を待つ」という姿勢を貫いていること〜この点は一定の評価ができます。
しかし問題の本質は、行為そのものの是非と、それに対して協会がどう向き合うかにあります。
さらに、筆者 TOPIOの個人的な意見をいうと「協会の向き合い方」に問題を感じているのです、
伯乃富士にも問題はあった 〜 しかし、それとこれとは別の話
正直に言えば、伯乃富士の行動も褒められたものではありません。
たにまちとの酒席という公の場で、見知らぬ女性に酔った勢いで絡む。
力士としての品格を著しく欠く振る舞いであり、社会人としても問題のある行動です。
後援者に対する礼を欠くという意味でも、批判されて当然でしょう。
ただし、だからといって師匠が暴力でそれを弟子の無謀を抑えることが正当化されるか——答えは明確にNoです。
伯乃富士の行動が目に余るものであったとしても、暴力は指導ではありません。
一般社会であれば、雇用主が従業員に手を上げた時点で傷害事件です。
示談で済む場合もあれば、逮捕に至る場合もある。
相撲界だからといって、それが免責される理由はどこにもありません。
一部報道では「伯乃富士にも非がある」という論調が見られます。
それは事実としてそうかもしれない。
しかし「弟子が悪いのだから親方が怒るのも無理はない」という方向への誘導は、本質のすり替えです。
今問われているのは伯乃富士の品格ではなく、師匠による暴力と、それ以上に「協会の対応」です。
とはいうものの…
伯乃富士の当日の非礼の状況によっては、伯乃富士の長期の出場停止も有りだと考えます。
かつての大関・朝乃山のことを考慮すれば、1年の出場停止もありだと思うくらい、伯乃富士にも腹が立っています 〜 詳細な状況事実に基づくことが大前提ですが…。
「お前もか、照ノ富士」〜 歴史が繰り返す皮肉
ここで、ある事実を振り返らずにはいられません。
2017年10月25日夜、鳥取巡業の前日に市内のラウンジで開かれた酒席でのことです。
当時横綱だった日馬富士が、平幕の貴ノ岩に対してカラオケのリモコンや素手で暴行し、貴ノ岩は頭部裂傷や中頭蓋底骨折の疑いという重傷を負いました。
この事件で日馬富士は引退に追い込まれ、「暴力決別宣言」が生まれる直接のきっかけとなりました。
そしてその酒席に同席していた力士の一人が、当時大関だった照ノ富士——現在の伊勢ヶ濱親方その人でした。
協会の危機管理委員会がまとめた調査報告書によれば、白鵬、日馬富士、鶴竜の3横綱と照ノ富士、貴ノ岩、石浦の関取3人を含む計13人が参加した食事会は3時間以上続き、その後の2次会で暴行事件が起きています。
照ノ富士はその場の空気を、誰より肌で感じていたはずです。
暴力が何を奪うのか。
引退という代償がいかに重いか。関係者が何年にもわたって傷を負い続けるか。そのすべてを目の当たりにしてきた人物が、同じ酒席での暴力という過ちを繰り返しました。
さらに皮肉なのは、1月31日に行われた自身の引退相撲で、伊勢ヶ濱親方が弟子全員を土俵下に従えて行った挨拶の言葉です。
「思いやりのある力士を育て、協会に恩返しをしたい」——この言葉からわずか1ヶ月足らずで、みずからがその誓いを破ることになりました。
「強制移籍」という構造的問題――協会の責任はないのか
今回の事件の背景には、協会が作り出した構造的な歪みもあります。
この点を素通りしては、問題の全体像は見えてきません。
2024年4月、幕内・北青鵬による悪質な暴力行為の責任を問われ、元横綱・白鵬が師匠を務めた宮城野部屋が閉鎖されました。
所属力士全員が伊勢ヶ濱部屋への無期限転籍という異例の処分が下され、伯乃富士もそのうちの一人でした。
この措置によって伊勢ヶ濱部屋は、力士31人・関取7人という角界最大の大所帯となりました。
部屋の継承からまだ日の浅い34歳の若き師匠に、異なる部屋文化を持ち、異なる師匠への思い入れを抱えた力士たちを大量に押しつけた。
それで運営が円滑にいくだろうと、協会は本当に考えていたのでしょうか。
報道によれば、伊勢ヶ濱親方と伯乃富士のあいだには現役時代からの因縁もあったとされています。
照ノ富士がかつて伯乃富士に入門を勧めた際、伯乃富士は白鵬のいる宮城野部屋を選んで断ったという経緯があると言われています。
その後、宮城野部屋の閉鎖によって伯乃富士は「望んでいない移籍」を余儀なくされ、伊勢ヶ濱部屋の力士になりました。
今場所から四股名を「伯桜鵬」から「伯乃富士」へと改名させられたことへの反発もあったと報じられています。
もともとの関係性に屈折があるところへ、協会の都合で同じ屋根の下に押し込んだ。
その構造を作ったのは協会自身です。
もちろん暴力の責任は振るった本人にあります。
しかし、その土台を作り出した協会の「場当たり的な部屋再編」もまた、正面から検証されるべきでしょう。
沈黙する日本相撲協会――「暴力決別宣言」の重みはどこへ
日本相撲協会は2018年10月、「暴力決別宣言」を発表しました。
日馬富士事件を直接の契機とし、暴力禁止規程を整備して報告義務を明文化。
再発防止のための講習会を繰り返し、師匠たちにも意識改革を求めてきました。
それから8年が経ちました。
師匠が弟子を酒瓶で殴ったという事件が起き、協会の対応はこうです。「コンプライアンス委員会が調査中、処分は場所後の理事会で協議」。
場所前に公式見解は出さない。
八角理事長からの言葉も、ありませんでした。
処分の時期に手続き上の制約があることは理解できます。
調査が終わらない段階で軽率なことを言えないという事情もわかります。
しかし、ファンへの説明責任と処分の決定は、別の問題です。
「現在調査中です。暴力行為を極めて重く受け止めており、結果が出次第速やかに処分を公表します」——それだけの言葉を、場所前に発することはできなかったのでしょうか。
2018年に「暴力決別宣言」を掲げた協会が、師匠による弟子への暴行という最も重大なケースで、開幕前に一言も語らない。
これは宣言への誠実さを、みずから問い直させるものです。
過去の前例を見れば、2020年に弟子への暴行・暴言で処分された中川親方(元幕内・旭里)は2階級降格となり、部屋は閉鎖されました。
今回はそれと同等以上の処分が予想されます。
処分内容の重さよりも、その前に協会が何を語ったか——あるいは語らなかったか——が、協会の本気度を測るバロメーターになると思います。
暴力節別宣言後も続く、相次ぐ暴力沙汰、このザマ。
一番処分すべきは、八角理事長ではないでしょうか・・・というのが個人的な気持ちですが…。
「モンゴル勢」への視線——公平な処分がなされるのか
ここまでのこととは別視点。
相撲ファンの間で、ひそかに語られている疑問があります。
今回の当事者が帰化しているとはいえモンゴル出身の伊勢ヶ濱親方であることへの、公平性の問題です。
かつて日馬富士事件では横綱引退という最も重い結末が待っていました。
北青鵬事件では宮城野部屋の閉鎖という異例の処分が下された。
いずれもモンゴル出身力士がかかわった案件です。
一方で、日本人の師匠による弟子への暴行事件ではどのような処分が下されてきたか——そのバランスを、ファンは当然気にしています。
処分に出身国籍が影響するようであれば、それは組織の公正性に対する根本的な疑念につながります。
逆に、過去の日本人親方への処分が甘すぎたのであれば、今回こそ基準を統一する機会です。
いずれにせよ、協会はその基準を明確に示す責任があります。
これについても、八角理事長の責任は重い、きちんと説明しろ!・・・です。
おわりに 〜 相撲ファンが求めるもの
大相撲の人気は本物です。
チケットは毎場所争奪戦で、テレビ中継の視聴率も安定しています。
インバウンドの観客も増え、外国人ファンも土俵の魅力に引き込まれています。
その熱気は本物であり、力士たちの日々の鍛錬と真剣勝負があってこそのものです。
だからこそ、その土台を揺るがす暴力問題に、協会は正面から向き合う義務があります。
伊勢ヶ濱親方への適切な処分は当然として、なぜこのような事態が繰り返されるのか——部屋運営の構造的問題、旧宮城野部屋の強制移籍がもたらした歪み、そして「暴力決別宣言」が現場に本当に浸透しているのか——これらを含めた根本的な検証が必要です。
3月8日、大阪の土俵に歓声が上がるでしょう。
その熱気と同じ重さで、協会には説明責任を果たしてほしいと思います。
ファンは熱を持って相撲を応援しています。
その分だけ、誠実な言葉を求めています。
※本記事執筆時点(2026年3月6日)において、日本相撲協会からの公式処分は発表されていません。


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