保守派の最高裁が、政権の背中を刺した?
2月20日、米連邦最高裁が「相互関税は違憲」と判断しました。
驚いたのは判決の中身よりも、その出どころです。トランプ大統領が政治生命を賭けて「自分たちの最高裁」にしてきた、あの保守派多数の法廷が…です。
第1次政権でゴーサッチ、カバノー、バレットと3人の保守派判事を送り込み、ロー対ウェイド判決の覆しまで成し遂げた、その最高裁が、今度は政権の看板政策に「大統領権限の逸脱」という烙印を押したのです。
相互関税とは、貿易赤字の相手国に同等の関税を返す政策。
「フェアな貿易」を訴えるトランプ氏の言葉は、製造業の空洞化に苦しむラストベルトの有権者の心を確かにつかんでいました。
それが就任から1年余りで封じられた。支持者にとっても、対立する側にとっても、予想外の展開だったのです。
- 保守派が多数を占める最高裁による相互関税の違憲判決と、十分な法的根拠を持たないまま強行された代替関税の背景 。
- SNSによる唐突な関税率の引き上げがもたらすインフレ懸念や、2024年選挙でトランプ氏を支持したZ世代の離反 。
- 約20兆円規模の還付訴訟問題や同盟国の不信感が、2026年の中間選挙に向けた政権運営に与える深刻な影響 。
「プランB」は電光石火、しかし——
判決の翌日には、すでに次の手が動いていました、プランB。
トランプ大統領は「通商法122条」を根拠に、一律10%の「代替関税」を発動すると表明しました。
通商法122条は、国際収支の悪化を理由に大統領が最大15%の関税を課せる規定で、相互関税より法的根拠がはっきりしています。
「最高裁に止められたくらいで関税政策はやめない」——そのメッセージは支持層には届いたはずでした。
ただ、この「素早い対応」への評価は、翌日には跡形もなく消えました。
振り返れば、代替関税の発表自体にも疑問符はついていました。
通商法122条は本来、外国からの輸入急増による国際収支の深刻な悪化を想定した規定です。
今回のように、違憲とされた関税政策の「代替手段」として持ち出すのは、条文の趣旨から外れているという指摘が法律家の間では出ていました。
「プランB」の法的な足腰は、実は最初から盤石ではなかったのです。
それでも政権が強行したのは、「止まること」自体を見せたくなかったからでしょう。
支持層に対して、何があっても前に進み続けるという姿勢を示さなければならない——そのプレッシャーが、見切り発車を招いた面があります。
SNS投稿で、10%が15%になった日
代替関税10%の発表から24時間も経たないうちに、トランプ大統領はSNSに投稿しました。
10%を15%に引き上げる、というのです。
「通商法122条が認める上限まで使い切る、これが真のアメリカファーストだ」という趣旨でした。
関税率の変更自体は、それほど大きな数字の話ではないかもしれませんが、問題は、その決め方です。
財務省との調整は?USTRとのすり合わせは?議会への説明は?同盟国への事前連絡は?
通常なら当然踏むべきプロセスが、SNSの一投稿によって丸ごと省かれました。
前日に発表した数字が翌日に書き換えられる。「次の投稿でまた変わるかもしれない」という不信感が市場を覆い、ドル相場は乱高下し、ニューヨーク市場の主要指数は一時大幅下落しました。
EUの通商担当委員が「予測不可能な貿易政策はパートナーシップを損なう」と公式批判を出し、日本政府も外交ルートで懸念を伝えました。
数字の問題ではなく、信頼の問題 〜 それが今回の「上乗せ」が残した最大の傷です。
自分たちが作った最高裁に、足をすくわれた
少し立ち止まって考えると、今回の事態は単純な「司法 対 行政」の衝突ではありません。
トランプ氏は第1次政権から一貫して、連邦裁判所の人事を最重要課題の一つとして位置づけてきました。
保守派の法曹界、特にフェデラリスト・ソサイエティとの関係を深め、各級裁判所に保守系判事を大量に送り込んできた。
最高裁の保守多数化はその集大成であり、第2次政権の政策実行を支える「盾」になるはずでした。
その盾が、今回は槍になって返ってきました。
しかも、今後が厄介です。相互関税の違憲判決は、「大統領が議会の委任なしに関税権限を大幅に拡張することはできない」という先例として機能します。
代替関税の根拠である通商法122条も、その解釈次第では同様の司法リスクを抱えています。
移民政策、環境規制の撤廃、連邦機関の再編——政権が「行政権の広い解釈」によって実現しようとしてきた他の政策にも、今回の判決は影を落とします。
もう一つ、見落とされがちな点があります。最高裁の保守派判事たちは、トランプ氏の「お気に入り」である前に、まず憲法学者です。
彼らが政権の政策を「違憲」と断じたことは、「トランプ氏が任命したから彼の言うことに従う」ほど単純な関係ではないことを示しました。
政権が今後も「司法は自分たちの味方だ」という前提で動くなら、また足をすくわれるリスクがあります。
6割が「反対」、そしてZ世代が離れ始めた
国内の数字も、政権には厳しいものが出ています。
高関税政策への不支持は6割を超え、2026年後半の中間選挙が近づく中で求心力の低下が鮮明です。
消費財や食料品への関税コストの転嫁は、一般家庭の家計にじわじわと効いています。
「貿易戦争の代償を払っているのは、結局アメリカ国民だ」という声は、もはや反トランプ派だけのものではありません。
なかでも深刻なのが、若年層の動向です。
2024年の大統領選でZ世代の一部がトランプ支持に回ったことは、多くの選挙関係者を驚かせました。
TikTokなどのインフルエンサー文化との共鳴、既成政治への飽き飽き感、そして「強いリーダー」への期待——そういった感情的な引力が、確かにあの選挙にはありました。
その層が、今、SNS上で関税政策への不満を爆発させています。
生活コストの上昇、就職市場の悪化、そして「毎日変わる政策に振り回される感覚」——2024年に入れた票を後悔する声が、可視化されてきています。中間選挙に向けて、この離反は共和党にとって無視できないシグナルです。
「2024年に入れたのに、なんで俺の生活がこんなに苦しくなってるんだ」という感情は、政治的に動員しやすいものです。
その怒りが2026年の中間選挙で野党側の投票行動に結びついたとき、数字として現れることになります。
トランプ氏を支えてきた「経済への期待」が「経済への不満」に変わる——その転換点を、私たちは今、目撃しているのかもしれません。
20兆円の「請求書」が政権に届く
財政面でも、時限爆弾が作動し始めました。
違憲判決によって相互関税が「違法な徴収」と認定されたことで、輸入業者や企業が政府に還付を求める訴訟・申請が急増しています。試算では、その総額が約20兆円規模にのぼるとも言われています。
これが単なる財政問題にとどまらないのは、政治的な意味合いの重さゆえ。
「間違った政策で民間から不当に取り立てたお金を返せ」という構図は、政権の失政を誰にでもわかる形で可視化します。
民主党が攻撃材料にするのはもちろんですが、財政規律を重んじる共和党の保守派議員にとっても、予算審議の場で黙って見過ごせる話ではありません。
還付をめぐる法廷闘争は長期化する見込みで、政権はこの問題を抱えたまま中間選挙に突入することになります。
輸入業者や企業にとっては、還付が認められるかどうかが経営判断に直結するため、訴訟への参加に積極的な動きが続いています。
政府側が全面的に争う姿勢を見せるほど、「政権は自分たちの過ちを認めない」という印象が広がる。
かといって還付を認めれば、巨額の財政支出が現実になる。どちらに転んでも、政権にとっては痛い選択です。
関税は「見えない増税」として家計を直撃!
代替関税の15%への引き上げは、輸入品のコストを押し上げます。
そのコストは製造業者や輸入業者が吸収しきれない分、最終的に消費者価格に上乗せされます。
もともと、米国のCPIは高止まりが続いており、FRBは市場が期待するほど利下げを進められていない状態でした。
そこに追加の関税圧力がかかれば、インフレ再燃は現実的なリスクです。
食料品・日用品・家電など、輸入依存度が高い品目を中心に値上がりが続けば、「トランプ政権になって生活が苦しくなった」という実感が広がります。
政権が「高関税でアメリカを守る」と言い続けても、その結果として家計が痛めば、守られているという感覚は生まれません。
関税は政策ではなく「増税」として記憶される——その逆説が、今まさに現実になりつつあります。
同盟国が「アメリカ離れ」を始めるとき
国際社会への影響も、見過ごせません。
EU、日本、カナダ、韓国といった同盟国・友好国は、相互関税の発動以来、対話による解決を探ってきました。
最高裁判決という法的な決着が出た段階で、外交的な再調整の機会が生まれるはずでした。
ところが即座に「代替関税」が打ち出され、翌日には「上乗せ」が発表されてしまったのです。
「アメリカと協定を結んでも、次の日のSNS投稿で覆るかもしれない」——そういう空気が、各国の通商当局者の間に漂い始めています。
信頼は、一度壊れると取り戻すのに時間がかかります。
日本の立場から見ると、この問題は特に切実です。
日本は対米貿易において大きな黒字を抱えており、相互関税の対象として名指しされてきた国の一つです。
政府レベルでは「緊密な同盟関係」を維持しながらも、経済界からは「政策の見通しが立てられない」という声が出ています。
長期的な対米投資計画を描きにくい状況が続くことは、日米経済関係にとってもマイナスです。
3月19日のトランプ・高市会談に高市首相がどのようなスタンスで臨むのか、注目です。
一方、この状況を静かに歓迎しているのが中国です。
米国が同盟国との信頼を自ら損なう中、中国はASEAN諸国や新興国との経済連携を着実に積み上げています。
「アメリカ離れ」を引き起こすという意味で、トランプ政権の通商政策は皮肉にも、競争相手の戦略目標に貢献してしまっています。
党内に走る「小さな亀裂」
表立った批判は出ていないものの、共和党の内側でも変化が起きています。
かつて議員たちが口をつぐんできたのは、「逆らえばプライマリーで刺客を送られる」という恐怖からでした。
その空気が、少しずつ変わり始めています。
財政保守派の議員たちは20兆円規模の還付問題に気をもんでいます。
農業州の議員にとっては、報復関税による農産物輸出の落ち込みは選挙区への直撃であり、ずっと黙っているのも難しくなってきました。
公の場での反旗とまではいきません。
ただ、匿名での批判が増え、政策協議の場での慎重論が目立つようになってきた。
そのさざ波が、政権のコントロール力の低下を静かに示しています。
政権の瓦解は、外から崩れるよりも内から緩む形で進むことが多いものです。
その意味で、この党内の「ざわつき」は軽視できないサインです。
それでも「終わり」とは言い切れない
ここまで書いてきた流れを読めば、「もう終わりだ」という結論に飛びつきたくなるかもしれません。
ただ、それは少し早い。
トランプ大統領は、これまでも「もう終わり」と言われるたびに、むしろ強くなって戻ってきた人物です。
2016年の選挙前の数々のスキャンダル、第1次政権での弾劾裁判、2020年の敗北後の起訴——どれをとっても、普通の政治家なら致命傷になっていたはずです。
しかしそのたびに「自分たちは迫害されている」という感覚がコアな支持者を結束させ、逆に求心力を高めてきました。
今回の違憲判決についても、「司法が政治的に動いている」という解釈はすでに支持層に広まっています。
逆境が「殉教者」を作る——このパターンは、今回も繰り返される可能性があります。
また、経済の数字が改善する余地がゼロとは言い切れません。
代替関税をめぐる訴訟が仮に政権側の勝利で決着し、一定の「秩序」が戻れば、市場の不安も落ち着くかもしれない。
インフレが収まり、雇用数字が改善すれば、有権者の記憶はリセットされやすいものです。政治においては、3か月前のニュースは「遠い過去」になることもあります。
代替関税が司法審査をクリアし、何らかの「成果」を演出できれば、政権は息を吹き返すシナリオも消えていません。
「瓦解のはじまり」か「苦境からの再起」か。
その分岐は、まだ宙に浮いています。
中間選挙が、最初の答えを出す?
決着の第一ラウンドは、2026年後半の中間選挙です。
大統領2期目の中間選挙は、歴史的に与党が苦戦する傾向があります。
支持率の低迷、インフレ、Z世代の離反が続けば、共和党が下院の多数派を失う展開も十分にありえます。
そうなれば、政権は法案を通す力を失い、調査委員会による追及にさらされる「守りの政権運営」を余儀なくされます。
注目すべきは、「激戦州」の有権者がどう動くかです。
ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンといったラストベルトの州は、トランプ氏が2024年に手にした重要地盤です。
しかしこれらの州の製造業は、報復関税による原材料コストの上昇という打撃を受けています。
「関税でアメリカの仕事を守る」という約束が、「関税で自分たちのコストが上がった」という現実に書き換えられたとき、有権者の判断は変わりえます。
政権が逆転するための条件は、代替関税の混乱収拾と物価安定の実感を有権者に届けること——ですが、今の流れを見る限り、その道のりは険しいです。
【Q&A】トランプ政権の代替関税について知っておくべき11の疑問
本文で触れられていない実務的・法的な側面を中心に構成しました。
- Q1. 通商法122条に基づく関税はいつまで適用されますか?
- A1. 原則として150日間が上限とされており、それ以上の期間延長には議会の承認が必要になります。
- Q2. 代替関税の対象から除外される品目はありますか?
- A2. 過去の通商政策の例では、政権の裁量により医薬品や特定の生活必需品などが適用除外の対象となる場合があります。
- Q3. すでに海上を輸送中の貨物にも15%の関税はかかりますか?
- A3. 関税の発効日より前に出港した貨物に対しては、一般的に猶予期間(グレースピリオド)が設けられます。
- Q4. 議会は大統領の代替関税を強制的に止めることができますか?
- A4. 法律で大統領に権限が委任されているため即座に止めるのは困難ですが、大統領の拒否権を覆す3分の2以上の賛成で新たな法案を可決すれば阻止可能です。
- Q5. WTO(世界貿易機関)はこの関税をすぐに無効化できませんか?
- A5. 各国がWTOへ提訴することは可能ですが、米国が「国際収支の悪化」を理由に正当化した場合、審理の決着までに数年を要するため即効性はありません。
- Q6. 代替関税はモノだけでなく「サービス」の輸入にも適用されますか?
- A6. いいえ。関税が適用されるのは国境を越える有形の輸入品(モノ)のみであり、デジタルサービスや金融などは対象外です。
- Q7. 過去のアメリカ政権で通商法122条が発動されたことはありますか?
- A7. 1971年のいわゆる「ニクソン・ショック」時に類似の輸入課徴金が導入された例がありますが、近年の発動は極めて異例の事態です。
- Q8. 関税引き上げによって得られた税収は具体的に何に使われますか?
- A8. 特別な法案がない限り、連邦政府の一般財源に組み入れられ、特定の目的(インフラ投資など)に直接ひも付けられるわけではありません。
- Q9. 代替関税は同盟国や新興国など、すべての国に一律で適用されますか?
- A9. 大統領の裁量で特定の国(自由貿易協定の締結国など)を免除することも可能ですが、制度の主旨上、広範な国への適用が想定されます。
- Q10. 企業は代替関税の免除をアメリカ政府に直接交渉できますか?
- A10. USTR(米国通商代表部)が正式な「適用除外プロセス」を設けた場合に限り、企業単位で理由を添えて除外申請を行うことが可能になります。
- Q11. 各州の政府が独自に代替関税の差し止めを求めて提訴できますか?
- A11. 関税によって州の経済や税収に直接的かつ甚大な損害が生じることを明確に立証できれば、州司法長官が連邦政府を提訴する権利はあります。
終わりに
「瓦解」は、ある朝突然やってくるものではありません。
ひびが入り、補修が追いつかなくなり、やがて崩れていく。
最高裁の違憲判決、代替関税の迷走、SNSによる上乗せ発表、市場の動揺、同盟国の不信、Z世代の離反、党内のざわつき、そして20兆円規模の還付問題——これほど多くの問題が短期間に重なるのは、ただの悪運ではないでしょう。
それぞれの問題が、互いに傷を広げ合っています。
特に気になるのは、政権の「体力」の問題。
一つ一つの問題であれば、トランプ政権はこれまでもなんとかしのいできました。
しかし今は、複数の戦線で同時に消耗しています。
司法対応に政治的資本を使いながら、インフレ対策でも国内向けのメッセージを打ち続けなければならない。
外交的な信頼の補修をしながら、党内の離反を抑え込む必要もある。
どれか一つに集中できないまま、全方向に手を伸ばしている状態です。
そして、こういう局面でいちばん怖いのは、小さなミスが連鎖することです。
代替関税をめぐる「翌日上乗せ」は、それ自体は小さな政策変更でした。
しかしそれが「この政権は何を言っても信用できない」という印象を積み上げる一枚になってしまった。
印象の積み重ねは、あるときから急に「評価」に変わります。
2026年2月、この月が何を意味するのか。
答えはまだ出ていません。
ただ、後になって振り返るとき、この時期が何かの「はじまり」だったと気づく日が来るかもしれません。
- 最高裁による相互関税の違憲判決を受け、トランプ政権は通商法122条を根拠とする「代替関税」の発動を見切り発車で強行した 。
- SNSでの一投稿で関税率が10%から15%へ引き上げられ、通常のプロセスを無視したことで市場の混乱と同盟国の不信を招いた 。
- 違法な徴収とされた相互関税の還付問題が約20兆円規模にのぼり、政権にとって巨額の財政的・政治的負担となっている 。
- 輸入品のコスト上昇が最終的に消費者価格に転嫁されることで、インフレ再燃の懸念が高まり一般家計を直撃している 。
- 2024年の大統領選でトランプ氏を支持したZ世代の不満が可視化されており、共和党内でも匿名での批判や慎重論が広がり始めている 。
- 激戦州でのコスト上昇の痛みが、2026年の中間選挙において共和党が下院の多数派を維持するための最大のハードルとなり得る 。


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