世界最高峰の自転車レース、ツール・ド・フランス。フランスの美しい風景の中を駆け抜ける選手たちの自転車には、ある奇妙な事実が隠されています。
それは、優勝候補から新人まで、大多数の選手が「シマノ(SHIMANO)」という日本企業の部品を使っているということです。
かつて欧州のレース界では、イタリアの「カンパニョーロ」こそがステータスであり、日本製品は「安物」と見なされていました。
なぜ、大阪・堺の釣り具メーカーとしても知られる企業が、自転車の本場ヨーロッパを制圧できたのでしょうか。
その裏には、常識を覆す「狂気の技術」と、それを支える「システム化」への執念がありました。
- 芸術品と呼ばれたイタリア製部品が、日本製の「機能美」に敗れた歴史的背景
- 金属を常温で押し潰すシマノの核心技術「冷間鍛造(れいかんたんぞう)」の凄み
- 1600年前の古墳時代から大阪・堺に受け継がれる「金属加工のDNA」
- シマノが起こしたもう一つの革命「SIS(インデックスシステム)」の衝撃
- レース現場を支配する「青い車(ニュートラルサポート)」の存在
欧州の「美学」が直面した物理的な限界
かつてロードレース界の絶対王者だったカンパニョーロは、彫刻のような美しさで選手たちを魅了していました。
しかし、レースの激化に伴い、「軽さ」と「強さ」という相反する性能の両立が求められるようになり、伝統的な製造手法である「切削(せっさく)」が限界を迎えます。
「切削(せっさく)」とは、大きな金属のブロックを刃物で削り取って、目的の形にする加工方法です。
イメージとしては、「木彫りの彫刻」や「鉛筆削り」と同じです。
- メリット: 複雑で美しい形が作れる(カンパニョーロの美しさはこれによるもの)。
- デメリット: 削る際に金属の繊維(強さの源)を断ち切ってしまうため、衝撃に対する強度が落ちる。
シマノの「冷間鍛造(叩いて潰す)」が粘土細工なら、切削は彫刻です。
芸術品だったカンパニョーロ
1970年代まで、イタリアのカンパニョーロを使うことはプロ選手にとって一流の証でした。
創業者が発明したクイックリリースレバーなど、その製品は機能的かつ重厚で、手に取った誰もが息を飲む「芸術品」でした。
特に1980年代に登場した「デルタブレーキ」などは、その美しい造形美で現在でもコレクターの間で高値で取引されていますが、構造が複雑で重量がかさむという欠点も抱えていました。
一方、シマノを含め当時の日本製品は「アジアの安物」と見なされ、命を預けるプロの機材としては三流扱いを受けていたのです。
「軽さ」と「強さ」のジレンマ
レース用部品には矛盾する2つの性能が求められます。
山を登るための「軽さ」と、ゴール前の激しいスプリントに耐える「強さ」です。
1グラムでも軽くしたいが、薄くすれば強度が落ちて折れてしまう。
当時の欧州メーカーは、鍛造で作った大まかな形を職人が削り出して仕上げる「切削」を重視していましたが、美しく削れば削るほど、物理的な強度が犠牲になるという壁に直面していました。
削ることで失われる「金属の繊維」
切削加工の致命的な弱点は、金属内部にある「ファイバーフロー(金属の繊維)」を切断してしまうことです。
木材の木目を無視して切ると割れやすくなるのと同様に、金属も繊維を断ち切ると強度が落ちます。
美しさを追求して削り込むほど、製品の繊維が寸断され、過酷なレースに耐えられない脆さを抱えることになってしまったのです。
常識外れの技術「冷間鍛造」への挑戦
欧州が「削る」美学に固執する中、シマノは「削らずに潰す」という全く逆のアプローチを選びました。
金属を熱さずに常温のまま数千トンの圧力で成形する「冷間鍛造」。それは当時の常識では無謀とも言える挑戦でした。
「削るな、潰せ」の衝撃
一般的に金属加工では、熱して柔らかくする「熱間鍛造」が使われますが、冷えると歪みが出るため精密部品には向きません。
シマノが選んだ「冷間鍛造」は、常温のカチカチに硬い金属をそのまま押し潰して形を作る技術。
岩のように硬い鉄を粘土のようにこねるこの手法は、金型が壊れるか機械が止まるかという、常識では「不可能」とされる領域でした。
ミクロン単位の精度と数千トンの圧力
この技術を実現するためには、数千トンの圧力と、それに耐えうる金型が必要でした。
シマノはこの金型設計自体を内製化し、金型が摩耗や破損に耐えられる「限界ギリギリの設計値」をデータとして蓄積していきました。
1ミクロン(1000分の1ミリ)の誤差も許されない世界で、金属がどう流れるかを計算し、膨大な試作を繰り返しました。シマノの工場には失敗作の山が築かれましたが、彼らは諦めずにトライ・アンド・エラーを続けました。
この技術の蓄積により、後工程での削りを最小限にする「ネットシェイプ(Net Shape=正味形状)」を実現したことも、コスト競争力における大きな武器となりました。
繊維を切らないから「薄くても強い」
冷間鍛造の最大のメリットは、金属の繊維(ファイバーフロー)を切断せずに、製品の形に沿って流すことができる点です。
さらに圧縮することで組織が密になり、削り出しよりも薄いのに数倍硬い製品が生まれます。
材料の無駄も出ず、表面は鏡のように滑らかになる。まさに「一石三鳥」以上の理想的な技術でしたが、他社には真似できない高度なノウハウの塊だったのです。
プロ選手を唸らせた「壊れない」信頼性と「SIS」の革命
1973年、シマノは冷間鍛造技術を結集した最高級コンポーネント「デュラエース」を発表。
当初は冷ややかな反応でしたが、実戦で使用した選手たちの「壊れない」という口コミが、徐々に欧州のレース界を浸食していきました。
デザインよりも「勝てる機材」
発表当初、デュラエースは「デザインが野暮ったい」と批判されました。
しかし、使い始めた選手たちはすぐに気づきます。「カンパニョーロなら欠ける場面でも、シマノは無傷だ」と。
見た目は似ていても、冷間鍛造によって組織が密になったシマノ製品は剛性が高く、ペダルを踏んだ力が逃げずに推進力に変わることを、プロの脚は敏感に感じ取ったのです。
「カチッ」と決まる変速:SISの衝撃
一般的には、STIレバー(ブレーキと変速の一体化)は素晴らしいと賞賛されていますが、その前段階として1984年に導入された「SIS(シマノ・インデックス・システム)」こそが、欧州勢にとどめを刺した真の革命と言われています。
それまでの変速機は、レバーの引き加減を選手の「勘」で微調整する必要がありましたが、SISは「カチッ」という音と共に、誰が操作しても100%正確にギアが変わる仕組みを実現しました。
疲労困憊のゴール前で「変速ミスをしない」という安心感は、職人芸を誇る欧州メーカーの哲学を「過去のもの」にしてしまったのです。
ランス・アームストロングの決断
決定的な転換点となったのは、後に記録は抹消されましたが、当時のレース界に科学的トレーニングを持ち込んだランス・アームストロングがシマノを採用したことでした。
彼は「勝つための機材だ」としてチーム全員の自転車をシマノに変えさせました。
また、1990年にはブレーキと変速を指先だけで操作できる「STIレバー」を投入し、時速80kmで下る恐怖と戦う選手たちに革命的な安全性をもたらしました。
プライドを捨てた欧州チーム
1990年代後半になると、イタリアやフランスのチームさえも、祖国の誇りであるカンパニョーロを捨ててシマノを選び始めました。
あるイタリア人選手は「カンパニョーロは芸術品で誇りだが、レースは結果が全て。壊れない部品を使った選手が勝つ」と語り、技術がプライドを凌駕したことを認めました。
古墳時代から続く「堺」のモノづくりDNA
なぜ、大阪の堺という一地方都市の企業だけが、世界を制する技術を持てたのでしょうか。
その背景には、仁徳天皇陵の建設から始まり、鉄砲、包丁へと1600年にわたり受け継がれてきた、堺特有の金属加工の歴史がありました。
仁徳天皇陵と鉄砲鍛冶のルーツ
シマノの本社がある堺市は、古くから金属加工の聖地。
1600年前、世界最大級の仁徳天皇陵を作るために多くの鍛冶職人が集まったのが始まりとされています。
戦国時代には鉄砲の国産化に成功し、日本最大の鉄砲生産地となりました。
この地には、新しい金属加工技術を柔軟に取り入れる土壌があったのです。
「鉄砲のカラクリ」が自転車へ
実は、シマノの初期製品である「フリーホイール(足を止めても車輪だけ回り続ける部品)」の内部にある「ラチェット機構」は、鉄砲の「引き金(トリガー)のバネ機構」の技術が応用されていると言われています。
堺の鉄砲鍛冶が培った、小さな金属部品を精密に組み合わせる技術がなければ、シマノの創業そのものがなかったかもしれません。
世界最高峰の「包丁」と分業システム
江戸時代、鉄砲鍛冶の技術は包丁作りへと転用されました。
堺の包丁が世界最高峰とされる理由は、鍛冶、刃付け、柄付けを各専門職人が行う徹底した「分業制」にあります。
これは現代のサプライチェーンの原型であり、各工程のスペシャリストが技術を極めることで高い品質を生み出すシステムが、堺には数百年前から根付いていたのです。
「サプライチェーン」とは、直訳すると「供給の連鎖」です。
商品が作られてから、私たちの手元に届くまでの「一連の流れ全体」を指します。
具体的には以下の流れが一本の鎖(チェーン)のように繋がっています。
- 原材料の調達(材料を買う)
- 製造(工場で作る)
- 物流(店や倉庫へ運ぶ)
- 販売(私たちが買う)
イメージは「駅伝のタスキリレー」です。 どこか一箇所でも止まると、商品が届かなくなってしまいます。
この記事では、堺の刃物作りにおける「鍛冶屋→研ぎ屋→問屋」という分業の流れが、この「昔ながらのサプライチェーン」として紹介させていただきました。
機械を買っても盗めない「ノウハウ」
シマノ創業者の島野庄三郎も堺で生まれ育った人物でした。
自転車部品や釣り具のリール製造に活かされたのは、この堺のDNA。ある技術者は「シマノの工場を見ても秘密は分からない」と言います。
機械は買えても、温度管理や金型設計といった長年の膨大なデータ(ノウハウ)は買えないからです。これこそが、他社が容易に追いつけない「静かな壁」となっています。
世界シェア70%「青い巨人」の支配
現在、世界のロードバイク用コンポーネント市場において、シマノは約70%という圧倒的なシェアを誇ります。
ハイエンドなレースの世界だけでなく、街乗りの自転車まで広く普及し、事実上シマノなしでは世界の自転車産業は成り立たない状態です。
圧倒的なシェアとその理由
現在、シマノのシェアは約70%で、2位のスラム(約15%)、3位のカンパニョーロ(約10%)を大きく引き離しています。
その理由は「品質(壊れない)」「価格帯の幅(8つのグレード展開)」「システムの統合性」の3点にあります。
特に、ブレーキや変速機などが完璧に連動するように設計されているため、一度シマノを選ぶと他の部品もシマノで揃えたくなる仕組みになっています。
レースを支える「青い車」の正体
ツール・ド・フランスの映像を見ると、選手の後ろを鮮やかなブルーの車(ニュートラルカー)が走っていることに気づくはずです。
これは、どのチームの選手がパンクしても公平に代わりのホイールを渡す「シマノ・ニュートラルサポート」の車です。
かつてはカンパニョーロやマビックが担っていたこの役割も、現在はシマノが多くの大会で担当しています。
敵味方関係なく、トラブルが起きればすぐにシマノの青い車が助けに来る。この光景こそが、レース界におけるシマノの絶対的な信頼と支配力を象徴しているのです。
ツール・ド・フランスは「シマノの展示会」
現在のツール・ド・フランスは、事実上シマノ製品の展示会と化しています。
参加チームの大多数がシマノを採用し、表彰台に上がる選手の足元には常に青いロゴがあります。
欧州の名門カンパニョーロは今も美しい製品を作り続け、熱狂的なファンを持っていますが、「レースで勝つための機材」という点では、シマノが現実的な選択肢となっているのです。
近年では電動変速システム「Di2」の普及により、その精密電子制御技術でさらに他社を引き離しています。
西洋の歴史を書き換えた極東の技術
自転車は100年以上の伝統を持つ欧州文化の象徴。そして、その心臓部を握っているのは極東の島国・日本の企業です。
派手なパフォーマンスをせず、黙々と技術を磨き続けるシマノの姿勢は、日本のモノづくりの本質を体現しています。
大阪・堺から始まった技術が、今や西洋文化の歴史を書き換え、世界中の自転車を動かしているのです。
コラム:最近のシマノの話題は…
シマノについて、直近で話題になっているトピックを「釣り具」「自転車コンポーネント・ペダル」「企業・技術動向」に分けていくつか挙げますね。
釣り具分野の最新トピック
- 2026年春夏の新製品群を公式が発表しており、スピニングでは「26ヴァンキッシュCE」「26ナスキー」に続いて、エントリー寄りの「26ネクサーブ」が新たにラインナップ。
- ベイトリールでは「26カルカッタコンクエストDC」や「26スコーピオンDC MD」など、DCブレーキ搭載の人気シリーズ新モデルが登場予定で、多くのアングラーから注目されている。
- 真鯛のタイラバ向けに、約60gも軽量化された新モデル「オシアコンクエスト FT」が2026年4月発売予定で、レベルワインド連動機構をあえて排除しスプール回転性能を追求した設計になっている。
- メタルジグ「センターサーディン」には、2026年モデルとして35g・200gの追加ウェイトと新色が投入され、SLJから大型青物、中深海、トラウトまで幅広く対応する万能ジグとして展開が強化されている。
自転車関連製品の動き
- ペダルでは、SPDビンディングとフラット面を両立した新ハイブリッドペダル「PD-EH510」が発表され、片面SPD・片面フラットで通勤からライトなサイクリングまでを想定した汎用モデルとして位置づけられている。
- グラベル向けのGRXシリーズでは、2025年末に12速Di2・ワイヤレスリアディレイラーを採用した新RX717系コンポーネントが追加され、より手頃な価格帯でDi2の1×12構成を提供する展開が進んでいる。
- このGRXの完全ワイヤレス化や新型ディレイラーの技術は、次期ロード用ハイエンド(新Dura‑Aceなど)への展開を示唆するものとして業界内で注目されている。
企業・技術・投資の話題
- 2024年度の業績は売上高約4,509億円(前年比4.9%減)、営業利益650億円(同22.2%減)と調整局面にある一方、2025年度には約500億円規模の設備投資を計画しており、中長期の成長投資を続ける方針が示されている。
- 知財・技術戦略では、自転車向けの自動変速システム「Q’AUTO」など“Just Pedaling(ただ漕ぐだけ)”の世界観を支えるAIアルゴリズムの高度化、釣り具では「HAGANE」「I-DC5」「MGL Spool IV」など精密制御とデジタル技術を組み合わせた“ブラックボックス化技術”の特許取得を進めている。
シマノに関するFAQ
以下は、シマノに関するFAQをまとめした。
- Q1. シマノの本社はどこにありますか?
- A1. 大阪府堺市にあります。
- Q2. シマノは元々なんの会社でしたか?
- A2. 1921年の創業時、最初の製品は自転車のフリーホイールでしたが、その後釣り具メーカーとしても有名になりました。
- Q3. 「コンポーネント」とは何ですか?
- A3. 変速機、ブレーキ、クランクなど、自転車の駆動系を構成する部品群のことで、自転車の心臓部にあたります。
- Q4. シマノの世界シェアはどれくらいですか?
- A4. 世界のロードバイク用コンポーネント市場で約70%のシェアを持っています。
- Q5. 主なライバルメーカーはどこですか?
- A5. アメリカのSRAM(スラム)とイタリアのCampagnolo(カンパニョーロ)です。
- 個人的な筆者 taoの意見ですが…
- 現在複数台の自転車を所有、大半がシマノを使っています。またSRAMを使ったのも一台ありますが、正直…どちらもいいです、素敵です(^_^)/
- A5. アメリカのSRAM(スラム)とイタリアのCampagnolo(カンパニョーロ)です。
- Q6. シマノの技術「冷間鍛造」の最大の特徴は何ですか?
- A6. 金属を常温のまま数千トンの圧力で押し潰し、金属の繊維を切断せずに成形することで、非常に高い強度を実現する点です。
- Q7. 「デュラエース」とは何ですか?
- A7. 1973年に発表された、シマノの技術を結集した最高級コンポーネントのシリーズ名です。
- またまた出ました(^_^;)
- デュラエース、マジお薦めです
- A7. 1973年に発表された、シマノの技術を結集した最高級コンポーネントのシリーズ名です。
- Q8. STIレバーとはどのような製品ですか?
- A8. ブレーキレバーと変速レバーを一体化した製品で、ハンドルから手を離さずに変速操作を可能にしました。
- Q9.「SIS」とは何ですか?
- A9. Shimano Index Systemの略で、変速機の位置決めを「カチッ」という音と共に正確に行う機構です。これにより変速ミスが激減しました。
- Q10. なぜプロ選手はシマノを選ぶのですか?
- A10. 「壊れない」「変速が正確」「力が逃げない」という信頼性と性能の高さが最大の理由です。
- Q11. 堺市とシマノの関係は?
- A11. 堺市は古墳時代から続く金属加工の町であり、シマノはその伝統技術と分業のDNAを受け継いでいます。
まとめ文
かつて「安物」と見下されていた日本の自転車部品は、常識を覆す「冷間鍛造」技術と「SIS」などのシステム革新によって、欧州の伝統ある美学を凌駕しました。
シマノが選んだのは、見た目の美しさよりも、過酷なレースに耐えうる「壊れない」という機能美でした。
その背景には、大阪・堺で1600年以上続く金属加工の歴史と、職人たちの執念がありました。
- 冷間鍛造の勝利 :金属の繊維を切らずに常温で圧縮する技術が、削り出し加工の強度不足を克服した。
- プロが認めた信頼性 :ツール・ド・フランスの覇者たちが「勝つために」シマノを選び、シェア70%を確立した。
- システム化の革命 :「SIS」や「STI」など、誰が使っても100%の性能を出せる仕組みが欧州の職人芸を過去のものにした。
- 堺のDNA :古墳、鉄砲、包丁と続く堺の金属加工技術と分業システムが、シマノの高品質を支えている。
- 見えないノウハウ :機械や設備だけでなく、長年蓄積されたデータと経験が他社の追随を許さない壁となっている。


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