【訃報】久米宏の死因は肺がん?81歳で急逝…ニュースステーションを作った「伝説のキャスター」の功績と晩年の真実

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【速報】久米宏さん死去…SNSに悲しみの声「日本のテレビ史が終わった」

2026年1月14日、日本中に衝撃が走りました。

「ニュースステーション」で一時代を築いた伝説のキャスター・久米宏さんの訃報が報じられたのです。享年81歳。

Xや各種SNSでは、瞬く間に「#久米宏」がトレンド入り。

「久米さんがいなければ、今のニュース番組は存在しなかった」 「ザ・ベストテンのマシンガントークが忘れられない」 「ひとつの時代が完全に終わった…」

当時を知る40代以上の世代からは、悲しみと感謝の声が溢れています。

でも、正直なところ…

「名前は聞いたことあるけど、何がすごかったの?」 「なんでこんなに騒がれてるの?」

と思っている10代、20代の方も多いはず。

実は、あなたが今当たり前のように見ている「キャスターが自分の意見を言うニュース番組」を最初に作ったのが、この人なんです。

今回は、日本テレビ史における「革命児」久米宏さんの死因、そして若い世代が知らない凄すぎる功績を徹底解説します。

この記事でわかること
  • 【事実確認】速報を見て、なぜ亡くなったのか(死因・病名)を知りたい。
  • 【人物理解】名前は知っているが、具体的に何が凄かった人なのかを知りたい。
  • 【現状把握】最近テレビで見なかったが、晩年はどう過ごしていたのかを知りたい。

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目次

久米宏さんのプロフィール

久米宏さんは、TBSアナウンサー出身で「ザ・ベストテン」や「ニュースステーション」などを通じて日本のテレビ史に大きな足跡を残した名司会者です。

【基本情報】

  • 本名(芸名):久米 宏(くめ ひろし)​
  • 生年月日:1944年7月14日​
  • 没年月日:2026年1月1日(享年81歳)
  • 出身地:埼玉県(さいたま市浦和区出身とするプロフィールもあり)
  • 職業:アナウンサー、司会者、ニュースキャスター
  • 所属:元TBSアナウンサー、その後フリー

【学歴・TBS時代】

  • 最終学歴:早稲田大学政治経済学部卒業(1967年)
  • 1967年:TBS入社、アナウンサーとして活動開始
  • TBS時代に担当した代表的な番組:「料理天国」「ぴったしカン・カン」など

【フリー転身後の主な仕事】

  • 1979年:TBSを退社しフリーアナウンサーに転身
  • 音楽番組「ザ・ベストテン」(TBS系)司会で一躍人気者に
  • 情報・報道番組「ニュースステーション」(テレビ朝日系)メインキャスター(1985年〜2004年)
  • その他の代表的番組:「久米宏のTVスクランブル」などバラエティ・情報番組多数​

【受賞歴・評価】

  • ギャラクシー賞(テレビ・ラジオ両部門)で受賞歴あり
  • 長年にわたり音楽番組と報道番組の双方で画期的な演出・進行を行い、日本のテレビ番組のスタイルに大きな影響を与えたと評価されている。

【晩年・逝去】

  • 2000年代以降は、活動の中心をラジオやインターネット配信番組などにも広げていた。
  • 2026年1月1日、肺がんのため死去。葬儀は近親者のみで執り行われたと報じられている。
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久米宏の死因は?病名や最期の様子【2026年1月最新】

公表されている情報

所属事務所の発表によると、死因は肺がんとされています。

2026年1月1日、新年の日にお亡くなりになり、1月13日に公表されました。

81歳という年齢を考えると、ある程度の体調管理はされていたものの、最期は急だったのかもしれません。

闘病は公表していなかった?

久米さんは自身の体調について、ラジオなどで「年を取った」と語ることはあっても、具体的な病状を公表することはありませんでした。

これは彼の美学だったのでしょう。

「みっともない姿を見せたくない」 「衰えた自分を晒してまで、表に出たくない」

そんなプロ意識の高さが、最期まで貫かれていたのです。

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Z世代は知らない「久米宏が起こした3つの革命」がヤバすぎる

「ちょっと変わった昔のおじいちゃん」くらいに思っていませんか?

違います。

久米宏さんは、スティーブ・ジョブズがiPhoneを作ったレベルで、日本のテレビを変えた人物なんです。

革命①「感情を持つニュースキャスター」を発明した

1985年、「ニュースステーション」が始まる前まで、ニュース番組とは何だったか。

久米宏以前

久米宏さん登場以前のニュース番組は、NHKのように無表情で、淡々と原稿を読み上げるだけ。

それが「正しい報道」だとされていました。

しかし久米宏は、その常識をぶち壊します。

  • ニュースに対して本気で怒る
  • 悲しいニュースでは涙ぐむ
  • 理不尽なことにはハッキリとツッコむ
  • わからないことは「わからない」と正直に言う

久米宏以後

久米宏さんが変えたニュースの形。

「視聴者と同じ目線で驚き、怒る」

このスタイルは当時、革命的でした。今でこそ当たり前ですが、それを日本で最初に確立したのが久米宏さんなのです。

報道ステーションも、NEWS ZEROも、すべて久米宏の発明した「型」の上に成り立っています。

革命②「ザ・ベストテン」のマシンガントークで音楽番組の歴史を作った

久米さんといえば報道のイメージが強いですが、実はそのルーツはエンタメにあります。

伝説の音楽番組「ザ・ベストテン」(最高視聴率41.9%)で、黒柳徹子さんとコンビを組み、歌手が歌う前のわずかな時間で、**ものすごい早口で大量の情報を詰め込む「マシンガントーク」**を展開。

その喋りの技術は、現在のお笑い芸人やMCを含めても、トップクラスと評されています。

「真面目なニュース」と「軽快なトーク」を両立できた唯一無二の存在。

これが久米宏です。

革命③ 権力に屈しない「反骨心」を貫いた

久米さんは、スポンサーや権力者にも忖度しませんでした。

言うべきことは言う。時には炎上し、抗議の電話が殺到することも日常茶飯事。

それでも、「テレビは権力の監視役でなければならない」というジャーナリズム精神を持ち続けました。

そして何より有名なのが、ニュースステーション最終回でスタジオでビールを飲んで乾杯し、そのまま去っていった伝説のシーン

「放送事故?」とも言われたこのエピソードは、彼の自由さと反骨心を象徴する語り草となっています。

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なぜテレビから消えた?久米宏が選んだ「引き際の美学」

2004年にニュースステーションを降板して以降、久米さんは徐々にテレビから姿を消していきます。

そして2020年、13年続けたラジオ番組「久米宏 ラジオなんですけど」も終了。事実上の引退状態に。

なぜ、まだ喋れるのに表舞台から消えたのか?

「老害にはなりたくない」という強烈な美学

久米さんは晩年、自分の「老い」について冷静に語ることが増えていました。

「瞬発力や記憶力が落ちていることを自覚している」 「みっともない姿を見せてまで、マイクの前に座り続けたくない」

多くの有名人が地位にしがみつく中で、スパッと身を引く。

その潔さが、最後まで彼を「カッコいいキャスター」足らしめていたのです。

妻・麗子さんの言葉

久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。

大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。

まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほした あの時のように。自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いは なかったと思います。

常に新しいことに挑み、純粋な心で世の中の疑問を見つめる人 でした。彼は若いスタッフが大好きでした。

楽しそうに他愛もない冗談を交わし合うひと時は、かけがえの ない時間だったに違いありません。

そして何よりも、多くの皆さまに向けて自分の思いを偽らずに 発信できることが、彼の最大のモチベーションでした。

本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

                         久米麗子

引用元:ZAK Ⅱ
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まとめ:久米宏さんが遺した「見えない遺産」

久米宏さんがいなければ、今の報道ステーションも、ワイドショー的なニュース番組も存在しなかったでしょう。

この記事のポイント
  • 死因は肺がん(2026年1月1日逝去、享年81歳)
  • ニュースに「感情」を持ち込んだ第一人者
  • ザ・ベストテンでマシンガントークを確立
  • 最後まで「カッコいい引き際」を貫いた

テレビというメディアが一番元気で、一番熱かった時代。

そのど真ん中にいたのが、久米宏さんでした。

今夜は、彼がニュースステーションの最終回で見せたように、ビールを片手に故人を偲んでみてはいかがでしょうか。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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