竹中平蔵が何をした?その功罪と嫌われる理由を徹底解説まとめ【動画解説付き】

  • URLをコピーしました!
 *本記事を含め、当サイトでは広告を掲載しています。

竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)は、小泉純一郎内閣で経済財政政策担当大臣や総務大臣を歴任し、「聖域なき構造改革」を強力に推進した、現代日本において最も賛否が分かれる経済政策ブレーンの一人です。

彼の名は、民営化、規制緩和、労働市場改革といったキーワードとともに記憶されています。

しかし、その経済観は「市場原理主義」や「新自由主義の象徴」と批判されることも多く、特に派遣労働の拡大や格差社会の進行といった「痛みを伴う改革」の負の側面に対しては、国民から強い反発が存在します。

彼の「改革」という言葉の陰で、誰が利益を得て誰が犠牲になったのかを読者は知りたがっており、批判的な声を知ることで、自身の政策理解を深めたいという動機があります。

本記事では、竹中氏のこれまでの政策・行動を時系列で整理し、その功績と問題点(功罪)を事実ベースで網羅的に解説します。

この記事でわかること
  • 竹中平蔵氏がこれまで何をしてきたのかを時系列で把握できます。
  • 彼の政策・行動の功績と問題点(功罪)を整理して理解できます。
  • なぜ多くの人に嫌われているのか、その背景・理由を明らかにできます。
<スポンサーリンク>
目次

動画解説♪

本記事は、ちょっと難解な部分があるかも…。ということで、動画解説をつくりました。これは、Notebook LMというAIで作りました。AIにより「ちょっと変な日本語」が表示されたりしていますが、ご了承ください。

7分半の短い動画です。これを見ていただいてから本記事を読むと、より理解度が高まると思います!

<スポンサーリンク>

竹中平蔵氏とは何者?

まずは、その人物像と経歴の概要してみましょう。

慶應・ハーバード・大蔵省…華麗なる学歴とキャリア

竹中平蔵氏は1951年、和歌山県和歌山市に生まれました。一橋大学経済学部を卒業後、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)に入行し、日本開発銀行の一部局である設備投資研究所で勤務しました。

その後、大蔵省財政金融研究所主任研究官を務め、この時期にアメリカ留学経験を重ねました。特にハーバード大学では、ローレンス・サマーズやジェフリー・サックスといった学者と知り合いの間柄でした。

帰国後は大阪大学助教授を経て、1990年より慶應義塾大学総合政策学部教授に就任しました。

小泉純一郎政権下では、経済財政相、金融相、郵政民営化担当相、総務相といった主要な閣僚を歴任しました。彼は、学界、政界、財界を行き来する、米国でいうところの「回転ドア」の日本版実践者と指摘されています。

経済学者としての主張と特徴的な思想

竹中氏の経済観は、一貫して「官から民へ」「競争こそが成長の源泉」「グローバルスタンダードへの対応」を軸としており、「新自由主義の代表」と言われることが多いです。

彼自身は、自らの政策はあくまで『エコノミクス101』と呼ばれる経済学の基礎的な方法を実践しているだけだと主張しています。

しかし、その思想的ルーツは、1981年から1982年のハーバード大学留学期に形成された市場原理主義にあり、合理的期待形成理論や、ミルトン・フリードマンのシカゴ学派、フリードリヒ・ハイエクのオーストリア学派から強い影響を受けています。

この思想的枠組みでは、市場メカニズムを単なる効率性ではなく、人間理性の限界ゆえに必然的に依拠すべき調整装置として内面化しています。

<スポンサーリンク>

竹中平蔵氏は何をしたのか?

次に、竹中平蔵氏が何をしたのかということをまとめます。

小泉政権下での構造改革と民営化の推進

竹中氏は小泉政権下(2001-2006年)で、日本の構造を根底から変える政策を主導しました。

  1. 金融再生(竹中プラン):
    • 2002年秋に金融担当大臣に就任後、バブル崩壊後の不良債権処理を加速させる「竹中プラン」を主導しました。日本の主要行が抱えていた不良債権残高は2002年3月時点でピークに達していましたが、竹中大臣は主要行に対し不良債権残高の半減を指示し、厳格な資産査定や公的資金注入(必要に応じて)を含む6つの柱で構成されていました。
      • 資産査定の厳格化のために、市場価格による査定を徹底
      • 大口債権者の不良債権区分を統一する]
      • 銀行による自己査定と金融庁検査による査定の差を公表し、自己査定をより健全化する
      • 必要があれば公的資金を活用する用意があることを検討
      • 繰延税金資産の査定を適正化
      • 経営健全化計画を未達成な銀行に対し業務改善命令を出す
  2. 郵政民営化:
    • 小泉政権の最重要政策である郵政民営化を、総務大臣兼郵政民営化担当大臣として主導し、法案作成にも携わりました。これは、郵便、郵便貯金、簡易保険の三事業を民営会社として分社化し、資金の流れを透明化させることを目的としていました。

派遣法改正と雇用の自由化がもたらしたもの

最も物議を醸した政策の一つが、労働市場の改革です。

竹中氏は小泉政権下で、労働市場の柔軟化を図る改革を推進し、特に2003年の労働者派遣法改正(2004年の製造業派遣解禁を含む)は、小泉構造改革を象徴する存在となりました。

この改正は、経営者側の労働力調整の要望に応えたものでしたが、結果的に非正規雇用を拡大させ、雇用の安定性や所得の不平等を深刻化させました。非正規雇用者の数は、1990年の881万人から2024年の2126万人へと2.4倍に増加しました。

竹中氏は、日本の労働市場が正規雇用と非正規雇用の二重構造になっている原因は、正規社員の解雇規制が厳しすぎるためであるとし、「正社員をなくしましょう」とまで提言しました。

パソナとの関係と利権構造の指摘

竹中氏は2006年9月に政界引退を表明した後、翌月にパソナグループで講演を行い、2007年2月に特別顧問、2009年8月には取締役会長に就任しました。パソナグループは人材派遣を中核とする大手企業です。

政界引退後も、彼は第二次安倍政権下で「産業競争力会議」「国家戦略特区諮問会議」など、政府の重要な諮問機関のメンバーに就任し続けました。この立場で、彼は派遣期間の制限緩和など、派遣規制緩和を積極的に提言しました。

竹中氏が会長であった13年間で、パソナグループの売上高は約6割増加し、特に地方自治体などの間接業務を請け負うBPO(委託・請負)事業が収益の柱に成長しました。このBPO事業の拡大は、小泉・竹中構造改革で地方自治体の財政が厳しくなり、職員の非正規化や公共部門の民営化を推進した結果、パソナがその受け皿となったためと指摘されています。

この、政策立案者と、その規制緩和の恩恵を受ける企業トップという「二つの顔」は、「利益誘導」「我田引水」、または「学者政商」や「レントシーカー(利権あさり)」として、激しい批判の的となっています。

維新との連携や近年の言動・影響力

竹中氏は近年、日本維新の会とも密接な関係にありました。2012年の日本維新の会立ち上げ時には、衆議院選候補者公募委員会の委員長を務め、その後顧問にも就任しています。

大阪においては、竹中氏が社外取締役を務めるオリックスやSBIホールディングスなど関連企業が、大阪市の窓口業務委託やIR(統合型リゾート)事業計画などで公共事業に関与していることが指摘されており、これは「ネオリベ(新自由主義)な竹中氏と維新の最悪の組み合わせ」として、巨額の税金投入による利権構造ではないかという強い懸念が示されています。

<スポンサーリンク>

竹中平蔵の「功績」:評価される政策と成果

次に、竹中平蔵氏の功罪のうちの「功」、つまり、評価される政策と成果についてまとめました。

規制緩和や成長戦略での一定の成果

竹中氏の政策は、日本経済を長期不況から脱却させ、金融システムを健全化させた点で、一定の成果があったと評価されています。

特に金融再生(竹中プラン)は高く評価されています。竹中大臣は不良債権の削減目標(2005年3月末までに主要行の不良債権残高半減)を掲げ、これを厳格に監視する透明な仕組みを導入しました。これにより、主要行は不良債権を隠蔽する余地が少なくなり、目標は予定通り達成されました。

外資・新産業を呼び込んだ経済の流動化

彼の改革は、「官から民へ」の移行を促し、日本経済に競争と流動化をもたらしました。郵政民営化の目的の一つは、国内ビジネスの限界が見える中で、民営化によって国際物流などの海外展開を可能にすることでした。

また、竹中氏は、日本の硬直した雇用システムが雇用の流動性を歪めていると主張し、労働市場の柔軟化は、企業が短期化する製品サイクルに対応するための労働力調整を可能にするという側面がありました。

<スポンサーリンク>

竹中平蔵の「罪」:批判される理由と影響

次は、竹中平蔵氏の功罪のうちの「罪」、つまり、批判される理由と影響についてまとめました。

派遣労働の拡大がもたらした格差と不安定化

小泉政権下で推進された派遣法改正は、結果的に非正規雇用を拡大させ、雇用の安定性や所得の不平等を深刻化させたと批判されています。

日本の労働者のうち約4割が非正規雇用となり、これは雇用の不安定化や、有給休暇、ボーナス、各種手当などの基本的な権利が非正規労働者には認められないという、労働基準法第一条(人たるに値する生活)を骨抜きにした状態を招いたと批判されています。

特に2008年から2009年の世界的な景気後退期には、派遣労働者が職を失う「派遣切り」がメディアで盛んに報道され、これが構造改革の負の側面として強く認識されるきっかけとなりました。

政策と企業利益の癒着疑惑

竹中氏の「回転ドア」的なキャリアは、政策と企業利益の癒着疑惑を生んでいます。

  1. パソナ利権:
    • 派遣法規制緩和を主導した竹中氏が、その恩恵を最も受けるパソナの会長に就任したことは、利益誘導の典型と見なされています。また、彼は政府の会議で、派遣会社経営者でありながら、積極的に派遣規制緩和を提言し続けていました。
  2. オリックス利権:
    • 竹中氏が社外取締役を務めるオリックスは、彼が推進したコンセッション方式(公共事業の民間運営)が導入された空港民営化や水道民営化の事業者に選ばれています。これは、自ら民営化事業を提案し、それが実現したら参入企業の重役に就くという非常に悪質な行動だと指摘されています。

ジャーナリストは、竹中氏を「政商」であり、自ら政策決定プロセスに関与して自社の利益を得ようとする「能動的な政商」であると批判しています。

「自己責任論」の押し付けと国民感情の乖離

竹中氏の最大の批判点の一つは、その強烈な「自己責任論」です。

彼は「若者には貧しくなる自由がある」と発言し、また「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」とも述べました。

これは、貧困を個人の選択の結果と見なし、社会の構造的要因を完全に無視した「究極の自己責任社会」を構想していると分析されています。

また、彼は批判に対して、「既得権益者が悪意を持って私を悪者扱いしている」と反論し、「金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけではない」というサッチャーの格言を紹介するなど、批判を「イチャモン」として退ける姿勢を見せることが、国民感情との乖離を生んでいます。

<スポンサーリンク>

なぜ竹中平蔵は嫌われるのか?5つの理由

竹中氏が「日本一嫌われた経済学者」となり、左右問わず批判を受ける背景には、以下の5つの理由が複合的に絡み合っています。

理由1:利益相反に見える行動

政策の立案者(政府諮問機関メンバー)と、規制緩和の受益企業(パソナ会長、オリックス社外取締役)という立場を兼任したことが、「私的な利益を得ているのではないか」という疑惑をヒートアップさせました。

彼自身、利益相反になることには発言しないと弁明しましたが、実際には派遣規制緩和を提言しており、その言葉と行動の不一致が信頼を失わせる決定的な要因となっています。

理由2:一部富裕層を優遇したような政策姿勢

彼の経済思想は、戦後日本の極端な累進課税制を批判し、「資本・労働など生産要素に対する課税を大幅に低下させ、かつ税率をフラット化する『フロンティア型の税制』」を推奨するものでした。

さらに将来的には「収入に関係なく一律に課税する人頭税へ切り替える」ことまで視野に入れた議論が必要だと主張しています。これらの主張は、一部富裕層や大企業の税負担を軽減し、格差を拡大する土壌を作ったと批判されています。

理由3:説明責任や倫理観への疑念

過去には、1990年代前半に住民税を払っていなかったとされる「住民税脱税疑惑」が報じられ、国会でも追及されました。竹中氏側は裁判で勝訴したものの、この疑惑は「構造改革路線に反対する立場の格好の標的」となり、彼のイメージに影響を与えました。


また、公の場での発言の適切性(ETF買い推奨発言)について、内閣官房長官から「多少問題があった」との見解を示されたこともあります。

理由4:メディア露出と発言スタイルの反発

竹中氏はテレビなどのメディア露出が多く、その発言スタイルはしばしば反発を招いています。

ひろゆき氏から「論理はあっているが、誤魔化すところが信頼できない」と切り込まれたり、成功した人の足を引っ張るなと批判者を一蹴したりする姿勢は、傲慢さや失敗者への共感の欠如として受け止められ、嫌悪感につながっています。

理由5:「改革」=破壊と捉える人々の視点

竹中氏が推し進めた「改革」は、終身雇用や年功序列に代表される「日本的経営」や、公的な福祉・社会保障といった、国民が慣れ親しんでいた社会システムを「破壊」するものとして捉えられました。

その結果生まれた非正規雇用の不安定さや、社会保障の脆弱さといった「深刻な副作用」を体験した人々にとっては、彼は「改革の旗手」ではなく、生活基盤を脅かした「新自由主義の象徴」と映っています。

読者が考えるべき論点:評価と責任はどこにあるか

竹中平蔵氏の功罪を分析するとき、読者(私たち)が考えるべき論点について考えてみましょう。

「改革の旗手」か「新自由主義の象徴」か?

竹中平蔵氏の功績は、不良債権処理の加速(竹中プラン)など、日本の停滞を打破するために現実を直視した政策を実行した点にあります。しかし、その政策の結果、市場競争を煽り、国民の間で格差を拡大する土壌を作ったという「罪」が重くのしかかっています。

彼の主張は「エコノミクス101」(経済学の基礎)に忠実であるという見方がある一方、ジャーナリストや学術界からは、彼の行動は理論的整合性を欠き、単なる個人的利益やビジネスの拡大を目的とした「政商」の側面が強いと厳しく批判されています。

歴史としてどう評価すべきかの視点整理

竹中氏の政策の背景には、日本はこのままでは沈むという強い危機感と、変革なくして成長なしという信念がありました。彼の軌跡は、日本の「構造改革」という名の社会選択の軌跡そのものでもあります。

彼の責任を問う視点だけでなく、本来であれば、竹中氏の提案に対し、最終的に適切な判断を下し得なかった政治家たちや、正規雇用という「特権階級」として非正規社員を搾取する労働市場の構造そのもの、また、社会保障の議論が置き去りにされた政治の敗因など、竹中氏以外の要因にも目を向けることで、より多角的に現状を評価することが可能です。

竹中平蔵が嫌われる理由についてのFAQ

ここまでの本文で重複しない内容で、「竹中平蔵氏が嫌われている理由」に関するFAQをまとめました。

Q1: 竹中氏が推す「ベーシックインカム(BI)」とは何ですか?

A1: BIは政府がすべての国民に最低限の生活を営めるだけのお金を支給する安全網(セーフティーネット)です。

竹中氏はこのBIを、貧困層への「分配」の解決策の一つとして掲げており、「低所得者に『もらえる税』を」と提案しました。


彼の構想では、月7万円のBIを既存の年金や生活保護の全廃とセットで行う、ミルトン・フリードマン式の「負の所得税」方式に基づいています。

Q2: 郵政民営化はなぜ行われたのですか?

A2: 郵政民営化には非常に大きな目的がありました。

一つは、郵便の取扱量が減る中で、このままでは郵政事業がジリ貧になるのを防ぐこと。

もう一つは、国際物流エクスプレス市場へ進出し、海外に出ていくために、国営ではなく民営化が必要だったためです。

また、資金の流れを透明化し、政府による「財政ファイナンス(国債の引き受け)」の構造を変える意味もありました。

Q3: なぜ「正規社員が非正規社員を搾取している」と主張したのですか?

A3: 竹中氏は、正社員という雇用が1979年の東京高裁の判例により「極度に守られ」ており、正規社員が特権階級化していると捉えています。

企業側から見ると正規社員は固定費となるため、雇用の柔軟性を確保するために変動費となる非正規雇用を増やさざるを得なかった結果、正規社員が非正規社員を搾取している後席になったと主張しています。

Q4: 「脱税疑惑」は結局どうなったのですか?

A4: 1990年代前半に日本の住民税を払っていなかった疑惑(1月1日に海外にいることで回避)について、ひろゆき氏から切り込まれました。

竹中氏はこれを「全くイチャモン」だとし、日本にいなかった期間はアメリカで住民税に相当する地方税を払っていたと反論しました。

裁判では、報道した出版社に対し、脱税の事実が証明されていないとして賠償命令が下され、出版社側の敗訴が確定しています。

Q5: なぜパソナの会長に就任したことが問題なのですか?

A5: 派遣業という規制産業の規制緩和を政策立案者として推進した人物が、その規制緩和の恩恵を受ける派遣会社(パソナ)の会長に就任したことが問題です。

これは、公共政策が一部の人間の利益のために歪められる構造的な利益相反(レントシーキング)の典型例であると、弁護士やジャーナリストから厳しく指摘されています。

Q6: 彼の提唱する政策は、アメリカの利益のためなのですか?

A6: 郵政民営化などの改革について「アメリカのいいなりの経済政策を行っている」(対米従属論)という批判に対し、竹中氏は、アメリカのためにやるなどと考えたことは一度もないと否定し、「国民の経済厚生を高めるために改革を行っている」と答弁しています。

しかし、彼の思想的基盤は米国流の市場経済・規制緩和思想に深く影響を受けています。

Q7: 金融再生で具体的に何が評価されたのですか?

A7: 2002年秋に始まった「竹中プラン」は、主要行に対して不良債権残高の半減を指示し、その進捗度を監視する透明な仕組みを導入しました。

その結果、不良債権が着実に減少し、2005年3月末までに目標が予定通り達成され、日本の金融危機を収束に導いた点が評価されています。

Q8: 維新の会との具体的な関係は?

A8: 竹中氏は、日本維新の会を立ち上げた際に、衆議院選候補者公募委員会の委員長に就任し、その後顧問にも就任していました。

これは、橋本氏や安倍氏と共通する「ネオリベ(新自由主義)」の思想で結びついており、維新の政策に竹中マインドが強く反映されていると見られています。

Q9: 彼が指摘する「既得権益」とは具体的に誰のことですか?

A9: 彼が「既得権益」として批判の対象とするのは、主に改革に反対し、自身に有利な規制を守ろうとする勢力です。

具体的には、同一労働同一賃金に反対した労働組合や財界、地方交付税や中小企業の補助金など「票集めのための分配」ばかり行う自民党、厚生労働省の腰の重い官僚、そして自身を「悪者扱い」する者たちを指します。

Q10: なぜ「ベーシックインカム」と「財政均衡論」を結びつけて語ることがあるのですか?

A10: 竹中氏が提唱するBIは、社会保障を全廃し、高所得者から集めた税金を機械的に分配するという、ミルトン・フリードマンの「負の所得税」方式です。このBIの発想は、財源を国債などではなく税収の範囲で賄うべきという財政均衡主義が前提となっているためです。

Q11: 彼の「自己責任論」の背景には何がありますか?

A11: 彼の自己責任論は、1980年代のハーバード留学で注入された「すべてを市場に委ねるべき」という市場原理主義の思想的確信が第一層にあります。

第二層として、パソナ会長として派遣市場の拡大から直接的な経済的利益を得る構造があり、自己責任論は低賃金労働者を創出し、派遣市場を拡大するためのイデオロギーとして機能しています。

まとめ

この記事のポイント
  • 竹中平蔵氏は金融再生など功績を挙げた一方、派遣法改正を推進し格差拡大の土壌を作りました。
  • 嫌われる最大の原因は、政策立案と企業利益が絡む利益相反です。
  • 彼の自己責任論は、市場原理主義への思想的確信と、派遣ビジネスの利益追求という二つの側面を持ちます。
  • 彼の改革の結果、労働者の約4割が非正規雇用となり、雇用の不安定化が深刻化しました。

竹中平蔵氏は、小泉政権以来、日本の「構造改革」を主導し、金融システムの健全化など一定の功績を挙げた一方、「新自由主義の象徴」として格差拡大の土壌を作ったと強く批判されています。

嫌われる最大の理由は、政府の政策立案者と、規制緩和の恩恵を受ける企業(パソナ会長、オリックス社外取締役など)の役員という「二つの顔」を持つことによる構造的利益相反です。彼は利益相反を否定しながらも、実際には派遣規制緩和を提言し続けました。

彼の政策は、正社員の解雇規制の難しさが企業に非正規雇用を増やさせた結果、労働市場の二重構造を深刻化させ、国民の約4割が非正規雇用となり、雇用の不安定化を招きました。

竹中氏の「若者には貧しくなる自由がある」という発言に象徴される究極の自己責任論は、既存の社会保障制度を全廃し、市場原理を徹底させるという彼の思想的確信と、自身のビジネス利益が絡み合った結果と分析されています。

彼の功罪を評価する上で、感情論に流されず、政策の社会的帰結と、政治家・学者・実業家としての彼の行動の倫理性を多角的に検証することが重要です。

<スポンサーリンク>
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次