キマグレン、解散の真相とTHE FIRST TAKEで復活再結成

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2005年デビューで10年間活躍した音楽ユニット「キマグレン」。

惜しまれて2015年に解散。

そして、2019年には「Mステ」登場で一時的に再結成するも、その後、ユニットでの音楽活動は無し。加えて、2人は9年間音信不通。

それが・・・

2024年6月5日、突如(?)、『THE FIRST TAKE』(以下、TFT)に登場。

しかも、演奏前の前フリで「再結成」を匂わせて…。

筆者 taoは、5時間前に配信されたその動画を見て、この記事を書いています。

TFT動画の再生回数は、早くも14万回、同ショート動画も約4万回…。

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そんなこんなで懐かしく(笑)、

この記事では、「キマグレン解散の真相」と「キマグレン再結成の思惑」について、いろいろ調べて書きますね。


以下、敬称略で書きます!

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目次

キマグレンって…

キマグレンは、2005年にクレイ勇輝とISEKIによって結成された日本の音楽ユニット。

彼らの音楽は、ポップスとアコースティックサウンドを融合させた独特のスタイルで、若い世代を中心に大きな人気を集めました。

彼らの代表曲は「LIFE」。2008年に大ヒットし、キマグレンは、全国的な知名度を獲得しました。

また、彼らは逗子海岸に「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」というライブハウス(代表取締役はクレイ勇輝)を展開しており、毎年夏に開催されるイベントも、「LIFE」の大ヒットがあって売上も瀑造したのですが…。

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それでは、まずは、キマグレンを簡単プロフィールで紹介します。

キマグレンとは…
  • 結  成: 2005年
    • クレイ勇輝(KUREI):ボーカル、ラップ
    • ISEKI(イセキ):ボーカル、アコースティックギター
  • 活動期間
    • 2005年 – 2015年:この間に「LIFE」などのヒット曲をリリース
    • 2019年:Mスタ出演などで一時的に再結成
    • 2024年:再結成
  • ヒット曲
    • 「LIFE」:2007年、インディーズレーベルから発売、のちに大ヒット
    • 「あえないウタ」:2008年リリース、メジャーデビュー
  • ラ イ ブ:
    • 逗子海岸にライブハウス「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」を展開し、夏季限定で運営
      • キマグレン結成前に、クレイが代表取締役社長として運営展開
  • 解   散:(表向きな理由…)
    • 2015年、結成10周年を機にそれぞれの新たなステップを目指すため解散
  • 再 結 成:
    • 2024年6月4日、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」で再結成
  • そ の 他:
    • 2008年、NHK紅白歌合戦に初出場
    • 松沢成文神奈川県知事(当時)から「かながわ観光親善大使」に任命
    • 地元逗子の活性化に貢献し、「LIFE」が京急逗子線・新逗子駅の列車接近案内音に採用

このプロフィール、斜太文字にした部分、覚えておいてくださいね。

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ところで、キマグレンという変わったグループ名ですが、この命名の経緯は次の通り。

ユニット名は、元々ISEKIが「自由に音楽活動をしたい」という意味で付けたきまぐれというソロユニット名義に由来する。KUREIがISEKIに「一緒にやろうよ!」と言って、ライブハウスのブッキング表に誤って片仮名で「キマグレン」と書いてしまったのがきっかけとなり、現在のユニット名となる。

引用元:Wikipekia

解散の公式理由

キマグレンは、2015年に突如、解散を発表しました。

この「突如」というのが次の項につながるキーワードです。

さて、公式な解散理由としては、当時、「結成10周年を機に、それぞれの次のステップへ進むため」という理由が挙げられました。

この発表はファンにとって衝撃的であり、多くのファンがSNSやブログで悲しみや驚きを表明しました。

解散コンサート「キマグレン FINAL CONCERT 2015~LAST SUMMER DAYS~」は、横浜で開催。多くのファンが詰めかけました。

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「結成10周年を機に」とか「それぞれ次のステップへ進むため」とか、なるほど、当たり障りのない理由ですね。

当時の解散を悲しむ声を少しピックアップ。

ポストは、あまりピックアップできなかったけど、みんな淡々として解散を受け止めている感じね。

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解散の真相

さて、世の中の物事、表もあれば、たいてい裏もあります。

キマグレンの解散、これにも、しっかり裏がありました。かなり複雑な事情が背景にあったのです。

クレイ勇輝は、2016年にテレビ番組「しくじり先生」に出演し、解散の真相について語りました。

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解散の原因といいますか、大元は、クレイの「超ポジティブ思考&行動」です。

その結果、大きな借金を背負ってしまった。

制御が効かないクレイに対し、ISEKIの心も離れて・・・そんな感じですね。

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実は、クレイはキマグレン結成直後に、逗子海岸での海の家「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の前身となる夏季限定ライブハウスを展開していました。

2006年にはそれを「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」として、会社化。代表取締役で、社員もいて・・・という状況になりました。

繰り返しますが、これは夏季限定でライブができる海の家を展開するという事業。

初年度から何年間は、客の集まり具合が悪く、7千万円の赤字になった年もあったとか。

ほどなく、2008年には「LIFE」が大ヒットし、それが起爆剤となって、当時の売上は4億円に瀑造。

ライブスタジオもキマグレンも順風満帆と思われたのですが…。

社長のクレイは、「常にポジティブGoGo」で、細かいところに配慮が効きません。

会社が傾いてしまう場合、その原因・責任は、ほぼほぼ社長にあります。

結果、ライブハウスの騒音問題や、夏が終わって解体した資材を置きっぱなしにしたりなどが重なり、地元との軋轢がどんどん深まります。

海岸周りの取り締まりの協議会みたいなものもできて…

そして、とうとう、逗子海岸での夏季限定ライブハウス海の家は、展開できなくなってしまいます。

つまり、「逗子海岸締め出し」です。

投資資金は回収できず、気づいてみれば、借金2億円!!!

あまりに楽観的すぎる経営方針に対して、ISEKIが不満を持ち、二人の関係が悪化したことは、まったく自然の流れといえるでしょう。

そして・・・解散になったワケです。

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さて、そうなると2億円の着金はどうなったの???

これ気になりますね。

「しくじり先生」のなかで、これもクレイは言及。

どうやら、会社ごと売っちゃったんですね。

逗子海岸を追い出された海の家ライブハウスは、その後、2014年、鎌倉由比ガ浜移転で再始動。

この夏季限定海の家ライブハウスは、いまも三浦海岸(2017年から三浦海岸)でやっているようですが、すでに運営会社は違うところになっています。

どこかのタイミングで売却したんですね、社員丸ごとでしょうか、細かいことは不明です。

再結成の思惑は…

画像出典:YouTube

2024年6月4日、キマグレンは人気YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」に出演し、再結成を宣言!?

この再結成は、多くのファンにとって待ち望んだものであり、SNS上では大きな話題となっています。

クレイ勇輝とISEKIは、なぜ再結成を決意したのか、その背後にはどのような思惑があったのかについては、「THE FIRST TAKE」の演奏前に2人が、2分あまりを使って語っていますので、ここでは改めて書きません。

ぜひ、動画を見てください。

まとめ

再結成を果たしたキマグレンは、今後どのような活動を展開していくのでしょうか。

「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の運営については、すでにクレイの手から離れてしまっているので、今後、なんらかの関わりを持つのかどうかは不明です。

ちなみに、「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」は、セガサミーグループ会社となって運営されています。

今のところ、「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の公式サイトには、「キマグレン出演」みたいな文言は見当たりません。

ただし、ひっそり、過去の出演者一覧に「キマグレン」の文字が見えます、それだけ。

また、今後、どういうコンサートなどあるのか等々、まだまだ、再結成したばかりで、今後の活動予定もほぼほぼ不明です。


ただし、9月1日のコンサートだけは決まっているようですね。

まあ、気長に待って、「LIFE」を超えるヒットを期待しましょう!

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